いて、灰を吹きつつ、
「無駄だねえ。」
 と清《すずし》い声、冷《ひやや》かなものであった。
「弘法大師御夢想のお灸《きゅう》であすソ、利きますソ。」
 と寝惚《ねぼ》けたように云うと斉《ひと》しく、これも嫁入を恍惚《うっとり》視《なが》めて、あたかもその前に立合わせた、つい居廻りで湯帰りらしい、島田の乱れた、濡手拭《ぬれてぬぐい》を下げた娘《しんぞ》の裾《すそ》へ、やにわに一束の線香を押着《おッつ》けたのは、あるが中にも、幻のような坊様で。
 つくねんとして、一人、影法師のように、びょろりとした黒紬《くろつむぎ》の間伸びた被布《ひふ》を着て、白髪《しらが》の毛入道に、ぐたりとした真綿の帽子。扁平《ひらった》く、薄く、しかも大ぶりな耳へ垂らして、環珠数《わじゅず》を掛けた、鼻の長い、頤《おとがい》のこけた、小鼻と目が窪んで、飛出した形の八の字眉。大きな口の下唇を反らして、かッくりと抜衣紋《ぬきえもん》。長々と力なげに手を伸ばして、かじかんだ膝を抱えていたのが、フト思出した途端に、居合わせた娘の姿を、男とも女とも弁別《わさま》える隙《ひま》なく、馴《な》れてぐんなりと手の伸びるままに、細々と煙の立つ、その線香を押着《おッつ》けたものであろう。
 この坊様《ぼんさま》は、人さえ見ると、向脛《むこうずね》なり踵《かかと》なり、肩なり背なり、燻《くす》ぼった鼻紙を当てて、その上から線香を押当てながら、
「おだだ、おだだ、だだだぶだぶ、」と、歯の無い口でむぐむぐと唱えて、
「それ、利くであしょ、ここで点《す》えるは施行《せぎょう》じゃいの。艾《もぐさ》入《い》らずであす。熱うもあすまいがの。それ利くであしょ。利いたりゃ、利いたら、しょなしょなと消しておいて、また使うであすソ。それ利くであしょ。」と嘗《な》め廻す体《てい》に、足許《あしもと》なんぞじろじろと見て商う。高野山秘法の名灸。
 やにわに長い手を伸ばされて、はっと後しざりをする、娘の駒下駄《こまげた》、靴やら冷飯《ひやめし》やら、つい目が疎いかして見分けも無い、退《の》く端の褄《つま》を、ぐいと引いて、
「御夢想のお灸であすソ、施行じゃいの。」
 と鯰《なまず》が這うように黒被布の背を乗出して、じりじりと灸を押着《おッつ》けたもの、堪《たま》ろうか。
「あれえ、」
 と叫んで、ついと退《の》く、ト脛《はぎ》が白く、横町
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