。」
 などと敬意を表する。
 商売|冥利《みょうり》、渡世《くちすぎ》は出来るもの、商《あきない》はするもので、五布《いつの》ばかりの鬱金《うこん》の風呂敷一枚の店に、襦袢《じゅばん》の数々。赤坂だったら奴《やっこ》の肌脱《はなぬぎ》、四谷じゃ六方を蹈《ふ》みそうな、けばけばしい胴、派手な袖。男もので手さえ通せばそこから着て行《ゆ》かれるまでにして、正札が品により、二分から三両|内外《うちそと》まで、膝の周囲《まわり》にばらりと捌《さば》いて、主人《あるじ》はと見れば、上下縞《うえしたしま》に折目あり。独鈷入《とっこいり》の博多《はかた》の帯に銀鎖を捲《ま》いて、きちんと構えた前垂掛《まえだれがけ》。膝で豆算盤《まめそろばん》五寸ぐらいなのを、ぱちぱちと鳴らしながら、結立《ゆいた》ての大円髷《おおまるまげ》、水の垂りそうな、赤い手絡《てがら》の、容色《きりょう》もまんざらでない女房を引附けているのがある。
 時節もので、めりやすの襯衣《しゃつ》、めちゃめちゃの大安売、ふらんねる切地《きれじ》の見切物、浜から輸出品の羽二重《はぶたえ》の手巾《ハンケチ》、棄直段《すてねだん》というのもあり、外套《がいとう》、まんと、古洋服、どれも一式の店さえ八九ヶ所。続いて多い、古道具屋は、あり来《きた》りで。近頃古靴を売る事は……長靴は烟突《えんとつ》のごとく、すぽんと突立《つった》ち、半靴は叱られた体《てい》に畏《かしこま》って、ごちゃごちゃと浮世の波に魚《うお》の漾《ただよ》う風情がある。
 両側はさて軒を並べた居附《いつき》の商人《あきんど》……大通りの事で、云うまでも無く真中《まんなか》を電車が通る……
 夜店は一列片側に並んで出る。……夏の内は、西と東を各晩であるが、秋の中ばからは一月置きになって、大空の星の沈んだ光と、どす赤い灯の影を競いつつ、末は次第に流《ながれ》の淀《よど》むように薄く疎《まばら》にはなるが、やがて町尽《まちはず》れまで断《た》えずに続く……
 宵をちと出遅れて、店と店との間へ、脚が極《き》め込みになる卓子《テエブル》や、箱車をそのまま、場所が取れないのに、両方へ、叩頭《おじぎ》をして、
「いかがなものでございましょうか、飛んだお邪魔になりましょうが。」
「何、お前さん、お互様です。」
「では一ツ御不省《ごふしょう》なすって、」
「ええ可《よ》うござ
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