し》で押《おし》つけるように言った。
羽織に、ショオルを前結び。またそれが、人形に着せたように、しっくりと姿に合って、真向《まんむ》きに直った顔を見よ。
「いいえ、私はお稲です。」
紳士は、射られたように、縁台へ退《さが》った。
美しい女の褄《つま》は、真菰《まこも》がくれの花菖蒲《はなあやめ》、で、すらりと筵《むしろ》の端に掛《かか》った……
「ああ、お稲さん。」
と、あたかもその人のように呼びかけて、
「そう。そして、どうするの。」
お稲は黙って顔を見上げた。
小さなその姿は、ちょうど、美しい女《ひと》が、脱いだ羽織をしなやかに、肱《ひじ》に掛けた位置に、なよなよとして見える。
「止《よ》せ!品子さん。」
「可《い》いわ。」
「見っともないよ。」
「私は構わないの。」
二十一
「ねえ、お稲さん、どうするの。」
とまた優しく聞いた。
「どうするって、何、小母さん。」
役者は、ために羽織を脱いだ御贔屓《ごひいき》に対して、舞台ながらもおとなしい。
「あのね、この芝居はどういう脚色《しくみ》なの、それが聞きたいの。」
「小母さん見ていらっしゃい。」
と云った。
その間《うち》も、縁台に掛けたり、立ったり、若い紳士は気が気ではなさそうであった。
「おい、もう帰ろうよ、暗くなった。」
雲にも、人にも、松崎は胸が轟《とどろ》く。
「待ってて下さい。」
と見返りもしないで、
「見ますよ、見るけれどもね、ちょっと聞かして下さいな。ね、いい児《こ》だから。」
「だって、言ったって、芝居だって、同一《おなじ》なんですもの、見ていらっしゃい。」
「急ぐから、先へ聞きたいの、ええ、不可《いけな》い。」
お稲は黙って頭《かぶり》を掉《ふ》る。
「まあ、強情だわねえ。」
「強情ではござりませぬ。」
と思いがけず幕の中から、皺《しわ》がれた声を掛けた。美しい女《ひと》は瞳を注いだ、松崎は衝《つ》と踏台を離れて立った。――その声は見越入道が絶句した時、――紅蓮《ぐれん》大紅蓮とつけて教えた、目に見えぬものと同一《おなじ》であった。
「役者は役をしますのじゃ。何も知りませぬ。貴女《あなた》がお急ぎであらばの、衣裳《いしょう》をお返し申すが可《い》い。」
と半ば舞台に指揮《さしず》をする。
「いいえ、羽織なんか、どうでも可いの、ただ私、気になるんです
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