―口惜《くや》しい――とお稲ちゃんが言ったんですって。根揃《ねぞろ》え自慢で緊《し》めたばかりの元結《もっとい》が、プッツリ切れ、背中へ音がして颯《さっ》と乱れたから、髪結さんは尻餅をつきましたとさ。
 でも、髪結さんは、あの娘《こ》の髪の事ばかり言って惜《おし》がってるそうですよ。あんな、美しい、柔軟《やわらか》な、艶《つや》の可《い》い髪は見た事がないってね、――死骸《しがい》を病院から引取る時も、こう横に抱いて、看護婦が二人で担架へ移そうとすると、背中から、ずッとかかって、裾よりか長うござんしたって……ほんとうに丈にも余るというんだわね。」
「ああ……聞いても惜《おし》い……何のために、髪までそんなに美しく世の中へ生れて来たんだ。」
 春狐は思わず、詰《なじ》るがごとく急込《せきこ》んで火鉢を敲《たた》いた。
「ねえ、私にだって分りませんわ。」
「で、どうしたんだい。」
「お稲ちゃんは、髪を結った、その時きり、夢中なの。別に駈出《かりだ》すの、手が掛《かか》るのって事はなかったんだそうですけれど、たださえ細った食が、もうまるっきり通りますまい。
 賺《すか》しても、叱っても。
 しようがないから、病院へ入れたんです。お医者さんも初《はじめ》から首をお傾《ま》げだったそうですよ。
 まあね。それでも出来るだけ手当をしたにはしたそうだけれど、やっぱり、……ねえ……おとむらいになってしまって――」
 と薄《うっす》りした目のうちが、颯《さっ》とさめると、ほろりとする。

       二十

 春狐は肩を聳《そびや》かした。
「なったんじゃない……葬式《ともらい》にされたんだ。殺されたんだよ。だから言わない事じゃない、言語道断だ、不埒《ふらち》だよ。妹を餌《えさ》に、鰌《どじょう》が滝登りをしようなんて。」
「ええ、そうよ……ですからね、兄って人もお稲ちゃんが病院へ入って、もう不可《いけ》ないっていう時分から、酷《ひど》く何かを気にしてさ。嬰児《あかんぼ》が先に死ぬし、それに、この葬式《ともらい》の中だ、というのに、嫂《あによめ》だわね、御自慢の細君が、またどっと病気で寝ているもんだから、ああ稲がとりに来たとりに来たって、蔭ではそう云っていますとさ。」
「待っていた、そうだろう。その何だ、ハイカラな叔母なんぞを血祭りに、家中|鏖殺《みなごろし》に願いたい。ついでにお
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