引いて、きょとんとしたが
「俺《おいら》あ可厭《いや》だぜ。」と押殺した低声《こごえ》で独言《ひとりごと》を云ったと思うと、ばさりと幕摺《まくず》れに、ふらついて、隅から蹌踉《よろ》け込んで見えなくなった。
時に――私……行燈だよ、――と云ったのは、美しい女《ひと》である事に、松崎も心附いて、――驚いて楽屋へ遁《に》げた小児《こども》の状《さま》の可笑《おかし》さに、莞爾《にっこり》、笑《えみ》を含んだ、燃ゆるがごときその女《ひと》の唇を見た。
「つい言ッちまったのよ。」
と紳士を見向く。
「困った人だね、」
と杖《ステッキ》を取って、立構えをしながら、
「さあ、行こうか。」
「可《い》いわ、もうちっと……」
「恐怖《こわ》いよう。」
と子守の袂《たもと》にぶら下った小さな児が袖を引張《ひっぱ》って言う。
「こわいものかね、行燈じゃないわ。……綺麗な奥さんが言ったんだわ。」とその子守は背《せな》の子を揺《ゆす》り上げた。
舞台を取巻いた大勢が、わやわやとざわついて、同音に、声を揚げて皆《みんな》笑った……小さいのが二側《ふたかわ》三側《みかわ》、ぐるりと黒く塊《かたま》ったのが、変にここまで間を措《お》いて、思出したように、遁込《にげこ》んだ饂飩屋の滑稽な図を笑ったので、どっというのが、一つ、町を越した空屋の裏あたりに響いて、壁を隔てて聞くようにぼやけて寂しい。
「東西、東西。」
青月代《あおさかやき》が、例の色身《いろみ》に白い、膨《ふっく》りした童顔《わらわがお》を真正面《まっしょうめん》に舞台に出て、猫が耳を撫《な》でる……トいった風で、手を挙げて、見物を制しながら、おでんと書いた角行燈をひょいと廻して、ト立直して裏を見せると、かねて用意がしてあった……その一小間《ひとこま》が藍《あい》を濃く真青《まっさお》に塗ってあった。
行燈が化けると云った、これが、かがみのつもりでもあろう、が、上を蔽《おお》うた黒布の下に、色が沈んで、際立って、ちょうど、間近な縁台の、美しい女《ひと》と向合《むきあわ》せに据えたので、雪なす面《おもて》に影を投げて、媚《なまめ》かしくも凄《すご》くも見える。
青月代は飜然《ひらり》と潜《くぐ》った。
それまでは、どれもこれも、吹矢に当って、バッタリと細工ものが顕《あらわ》れる形に、幕へ出入りのひょっこらさ加減、絵に描《
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