立停《たちどま》ろうと云うらしかった。
「鍋焼饂飩《なべやきうどん》…」
 と高らかに、舞台で目を眠るまで仰向《あおむ》いて呼んだ。
「……ああ、腹が空いた、饂飩屋。」
「へいへい、頭《かしら》、難有《ありがと》うござります。」
 うんざり鬢《びん》は額を叩いて、
「おっと、礼はまだ早かろう。これから相談だ。ねえ、太吉さん、差配さん、ちょっぴり暖まって、行こうじゃねえかね。」
「賛成。」
 と見物の頬被りは、反《そり》を打って大《おおい》に笑う。
 仕種《しぐさ》を待構えていた、饂飩屋小僧は、これから、割前《わりまえ》の相談でもありそうな処を、もどかしがって、
「へい、お待遠様で。」と急いで、渋団扇で三人へ皆配る。
「早いんだい、まだだよ。」
 と差配になったのが地声で甲走《かんばし》った。が、それでも、ぞろぞろぞろぞろと口で言い言い三人、指二本で掻込《かっこ》む仕形《しかた》。
「頭《かしら》、……御町内様も御苦労様でございます。お捜しなさいますのは、お子供衆で?」
「小児なものかね、妙齢《としごろ》でございますよ。」
 と青月代が、襟を扱《しご》いて、ちょっと色身で応答《あしら》う。
「へい、お妙齢、殿方でござりますか、それともお娘御で。」
「妙齢の野郎と云う奴があるもんか、初厄の別嬪《べっぴん》さ。」と頭《かしら》は口で、ぞろりぞろり。
「ああ、さて、走り人《びと》でござりますの。」
「はしり人というのじゃないね、同じようでも、いずれ行方は知れんのだが。」
 と差配は、チンと洟《はな》をかむ。
 美しい女《ひと》の唇に微笑《ほほえみ》が見えた……
「いつの事、どこから、そのお姿が見えなくなりました。」
 と饂飩屋は、渋団扇を筵《むしろ》に支《つ》いて、ト中腰になって訊《き》く。

       八

 差配《おおや》は溜息《ためいき》と共に気取って頷《うなず》き、
「いつ、どこでと云ってね、お前《めえ》、縁日の宵の口や、顔見世の夜明から、見えなくなったというのじゃない。その娘はね、長い間煩らって、寝ていたんだ。それから行方《ゆくえ》が知れなくなったよ。」
 子供芝居の取留めのない台辞《せりふ》でも、ちっと変な事を言う。
「へい。」
 舞台の饂飩屋も異な顔で、
「それでは御病気を苦になさって、死ぬ気で駈出《かけだ》したのでござりますかね。」
「寿命だよ。ふん、」
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