とりつ》めたやうな騒動だ。将軍の住居《すまい》は大奥まで湧上《わきあが》つた。長袴《ながばかま》は辷《すべ》る、上下《かみしも》は蹴躓《けつまず》く、茶坊主《ちゃぼうず》は転ぶ、女中は泣く。追取刀《おっとりがたな》、槍《やり》、薙刀《なぎなた》。そのうち騎馬で乗出《のりだ》した。何と、紙屑買《かみくずかい》一人を、鉄砲づくめ、槍襖《やりぶすま》で捕《とら》へたが、見ものであつたよ。――国持諸侯《くにもちだいみょう》が虱《しらみ》と合戦《かっせん》をするやうだ。」
「真《まこと》か、それは?」
「云ふにや及ぶ。」
「あゝ幕府の運命は、それであらかた知れた。――」
「む、大納言殿|御館《おやかた》では、大刀《だんびら》を抜いた武士《さむらい》を、手弱女《たおやめ》の手一つにて、黒髪|一筋《ひとすじ》乱さずに、もみぢの廊下を毛虫の如く撮出《つまみだ》す。」
「征夷大将軍の江戸城に於ては、紙屑買|唯《ただ》一人を、老中《ろうじゅう》はじめ合戦の混乱ぢや。」
「京都の御《おん》ため。」
と西に向つて、草を払つて、秋葉の行者《ぎょうじゃ》と、羽黒の小法師《こほうし》、揃《そろ》つて、手を支《つ》いて敬伏《けいふく》した。
「小虫《しょうちゅう》、微貝《びばい》の臣等《しんら》……」
「欣幸《きんこう》、慶福《けいふく》。」
「謹《つつし》んで、万歳を祝《しゅく》し奉《たてまつ》る。」
六
「さて、……町奉行《まちぶぎょう》が白洲《しらす》を立てて驚いた。召捕《めしと》つた屑屋を送るには、槍、鉄砲で列をなしたが、奉行|役宅《やくたく》で突放《つっぱな》すと蟇《ひきがえる》ほどの働きもない男だ。横から視《み》ても、縦から視ても、汚《きたな》い屑屋に相違あるまい。奉行は継上下《つぎがみしも》、御用箱、うしろに太刀持《たちもち》、用人《ようにん》、与力《よりき》、同心徒《どうしんであい》、事も厳重に堂々と並んで、威儀を正して、ずらりと蝋燭《ろうそく》に灯《ひ》を入れた。
灯を入れて、更《あらた》めて、町奉行が、余《あまり》の事に、櫓下《やぐらした》を胡乱《うろ》ついた時と、同じやうな状《さま》をして見せろ、とな、それも吟味《ぎんみ》の手段とあつて、屑屋を立たせて、笊《ざる》を背負《しょ》はせて、煮《に》しめたやうな手拭《てぬぐい》まで被《かぶ》らせた。が、猶《な
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