れて置くと、死ぬ様な声を出して泣くもんだから――何時《いつ》だつけ、むゝ俺が誕生の晩だ――山田に何が泣いてるのだと問はれて冷汗を掻《か》いたぞ。貴様が法外な白痴《たはけ》だから己《おれ》に妹があると謂ふことは人に秘《かく》して居《を》る位《くらゐ》、山田の知らないのも道理《もつとも》だが、これ/\で意見をするとは恥かしくつて言はれもしない。それでも親の慈悲や兄の情《なさけ》で何《ど》うかして学校へも行《ゆ》く様に真人間にして遣《や》りたいと思へばこそ性懲《しやうこり》を附《つ》けよう為に、昨夜《ゆうべ》だつて左様《さう》だ、一晩裸にして夜着《よぎ》も被《き》せずに打棄《うつちや》つて置いたのだ。すると何うだ、己《おれ》にお謝罪《わび》をすれば未《まだ》しも可愛気《かはいげ》があるけれど、いくら寒いたつて余《あんま》りな、山田の寝床へ潜込《もぐりこ》みに行《い》きをつた。彼《あれ》が妖怪《ばけもの》と思違ひをして居るのも否《いや》とは謂はれぬ。妖怪より余程《よつぽど》怖い馬鹿だもの、今夜はもう意見をするんぢやあないから謝罪《わび》たつて承知はしない、撲殺《なぐりころ》すのだから左様思へ」と笞《しもと》の音ひうと鳴りて肉を鞭《むちう》つ響《ひゞき》せり。女《むすめ》はひい/\と泣きながら、「姉様|謝罪《おわび》をして頂戴よう、あいたゝ、姉様よう」と、哀《あはれ》なる声にて助《たすけ》を呼ぶ。
 今姉さんと呼ばれしは松川の細君なり。「これまで幾度謝罪をして進《あ》げましても、お前様の料簡が直らないから、もうもう何と謂つたつて御肯入《おきゝい》れなさらない、妾《わたし》が謂つたつて所詮《しよせん》駄目です、あゝ、余り酷《ひど》うございますよ。少し御手柔《おてやはらか》に遊ばせ、あれ/\それぢやあ真個《ほんと》に死んでしまひますわね、母様、もし旦那つてば、御二人で御折檻なさるから仕様《しやう》が無い、えゝ何《ど》うせうね、一寸《ちよつと》来て下《くだ》さい」と声震はし「山田さん、山田さん」我を呼びしは、さては是《これ》か。



底本:「日本の名随筆 別巻64 怪談」作品社
   1996(平成8)年6月25日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第二十七卷」岩波書店
   1942(昭和17)年10月
※疑問点の確認、修正に当たっては、親本を参照しました。
入力:土屋隆
校正
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