なかご》、脚《あし》に脚絆《きゃはん》、身軽に扮装《いでた》ったが、艶麗《あでやか》な姿を眺めた。
 かなたは笠の下から見透《みすか》すが如くにして、
「これは失礼なことを申しました。お姿は些《ちっ》ともそうらしくはございませんが、結構な御経《おきょう》をお読みなさいますから、私《わたくし》は、あの、御出家ではございませんでも、御修行者《ごしゅぎょうじゃ》でいらっしゃいましょうと存じまして。」
 背広の服で、足拵《あしごしら》えして、帽《ぼう》を真深《まぶか》に、風呂敷包《ふろしきづつみ》を小さく西行背負《さいぎょうじょい》というのにしている。彼は名を光行《みつゆき》とて、医科大学の学生である。
 時に、妙法蓮華経薬草諭品《みょうほうれんげきょうやくそうゆほん》、第五偈《だいごげ》の半《なかば》を開いたのを左の掌《たなそこ》に捧《ささ》げていたが、右手《めて》に支《つ》いた力杖《ステッキ》を小脇に掻上《かいあ》げ、
「そりゃまあ、修行者は修行者だが、まだ全然《まるで》素人《しろうと》で、どうして御布施《ごふせ》を戴くようなものじゃない。
 読方《よみかた》だって、何だ、大概《たいがい》、大学朱熹章句《だいがくしゅきしょうく》で行《ゆ》くんだから、尊《とうと》い御経《おきょう》を勿体《もったい》ないが、この山には薬の草が多いから、気の所為《せい》か知らん。麓《ふもと》からこうやって一里ばかりも来たかと思うと、風も清々《すがすが》しい薬の香《か》がして、何となく身に染《し》むから、心願《しんがん》があって近頃から読み覚えたのを、誦《とな》えながら歩行《ある》いているんだ。」
 かく打明《うちあ》けるのが、この際|自他《じた》のためと思ったから、高坂は親しく先《ま》ず語って、さて、
「姉《ねえ》さん、お前さんは麓《ふもと》の村にでも住んでいる人なんか。」
「はい、二俣村《ふたまたむら》でございます。」
「あああの、越中《えっちゅう》の蛎波《となみ》へ通《かよ》う街道で、此処《ここ》に来る道の岐《わか》れる、目まぐるしいほど馬の通る、彼処《あすこ》だね。」
「さようでございます。もう路《みち》が悪うございまして、車が通りませんものですから、炭でも薪《たきぎ》でも、残らず馬に附けて出しますのでございます。
 それに丁《ちょう》どこの御山《みやま》の石の門のようになっております
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