は心細い。私はそれが心配でなりません。
晃 流《ながれ》が細ったって構うものか。お前こそ、その上夏痩せをしないが可《い》い。お百合さん、その夕顔の花に、ちょっと手を触ってみないか。
百合 はい、どういたすのでございますか。
晃 花にも葉にも露があろうね。
百合 ああ冷い。水の手にも涼しいほど、しっとり花が濡れましたよ。
晃 世間の人には金が要ろう、田地も要ろう、雨もなければなるまいが、我々二人|活《い》きるには、百日照っても乾きはしない。その、露があれば沢山なんだ。(戸外《おもて》に向える障子を閉《とざ》す。)
百合 貴方、お暑うございましょう。開けておおきなさいましても、もう、そちこち人も通りますまい。
晃 何、更《あらたま》って、そんな心配をするものか。……晩方|閉込《とじこ》んで一燻《ひといぶ》し燻しておくと、蚊が大分楽になるよ。
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時に蚊遣《かやり》の煙なびく、
学円。日に焼けたるパナマ帽子、背広の服、落着《おちつき》のある人体《じんてい》なり。風呂敷包を斜《はす》に背《しょ》い、脚絆草鞋穿《きゃはんわらじばき》、杖《ステッキ》づくりの洋傘《こうもり》をついて、鐘楼の下に出づ。打仰ぎ鐘を眺め、
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学円 今朝、明六《あけむ》つの橋を渡って、ここで暮六つの鐘を聞いた。……
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お百合は笊《ざる》に米をうつす。
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学円 やあ、お精が出ます。(と声を掛く。)
百合 はい。(見向く。)
学円 途中、畷《なわて》の竹藪《たけやぶ》の処へ出て……暗くなった処で、今しがた聞きました。時を打ったはこの鐘でしょうな。
百合 さようでございます。
学円 音も尊い!……立派な鐘じゃ。鐘楼《つりがねどう》へ上《あが》ってみても差支えはありませんか。
百合 (笊《ざる》を抱えて立つ)ええ、大事ござんせん。けれども貴客《あなた》、御串戯《ごじょうだん》に、お杖やなんぞでお敲《たた》き遊ばしては不可《いけ》ません。
学円 西瓜《すいか》を買うのではありません。決して敲いてはみますまい。(笑う。)
百合 御串戯おっしゃいます。……いいえ、悪戯《いたずら》を遊ばすようなお方とは、お見受け申しはしませんけれど、その鐘は、明六つと、暮六つと、夜中|丑満《うしみつ》に一度、――三度のほかは鳴らさない事になっておりますから、失礼とは存じましたが、ちょっと申上げたのでございます。さあ、どうぞ御遠慮なく、上って御覧なさいまし。(夕顔の垣根について入《いら》んとす。)
学円 ああ、ちょっと……お待ち下さい。鐘を見ようと思いますが、ふと言《ことば》を交わしたを御縁に、余り不躾《ぶしつけ》がましい事じゃが、茶なりと湯なりと、一杯お振舞い下さらんか。
百合 お易い事でございます。さあ、貴客《あなた》、これへお掛けなさいまし。
学円 御免下さいよ。
百合 真《まこと》に見苦しゅうございます。
学円 これは――お寺の庫裡《くり》とも見受ません。御本堂は離れていますか。
百合 いいえ、もう昔、焼けたと申しまして、以前から、寺はないのでございます。
学円 鐘ばかり……
百合 はい。
学円 鐘ばかり……成程、ところで西瓜の一件じゃ。(帽子を脱ぐ、ほとんど剃髪《ていはつ》したるごとき一分刈《いちぶがり》の額を撫《な》でて)や、西瓜と云えば、内に甜瓜《まくわうり》でもありますまいか。――茶店でもない様子――(見廻す。)
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片山家《かたやまが》の暮れ行《ゆ》く風情、茅屋《かやや》の低き納戸の障子に灯影《ほかげ》映る。
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学円 この上、晩飯の御難題は言出しませんが、いかんとも腹が空いた。
百合 ほほ。(と打笑《うちえ》み)筧《かけひ》の下に、梨《ありのみ》が冷《ひや》してござんす、上げましょう。(と夕顔の蔭に立廻る。)
学円 (がぶがぶと茶を呑《の》み、衣兜《ポケット》から扇子を取って、煽《あお》いだのを、と翳《かざ》して見つつ)おお、咲きました。貴女《あなた》の顔を見るように。
百合 ええ?(聞返す。)
学円 いや、髪の色を見るように。
百合 もう、年をとりますと、花どころではございません。早く干瓢《かんぴょう》にでもなりますれば、……とそればかりを待っております。
学円 小刀《ナイフ》をこれへお遣わし……私《わし》が剥《む》きます。――お世話を掛けてはかえって気遣いな。どれどれ……旅の事欠け、不器用ながら、梨《なし》の皮ぐらいは、うまく剥きます。おおおお氷よりよく冷えた。玉を削るとはこの事じゃろう。
百合 旅を遊ばす御
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