教育家じゃ。他人でない、扱うてくれたまえ。(神官《かんぬし》に)貴方《あなた》も教えの道は御親類。(村長に)村長さんの声名にもお縋り申す。……(力士に)な、天下の力士は侠客《きょうかく》じゃ、男立《おとこだて》と見受けました。……何分願います、雨乞の犠牲はお許しを頼む。
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これがために一同しばらくためらう。……代議士|穴隈《あなぐま》鉱蔵、葉巻をくゆらしながら、悠々と出づ。
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鉱蔵 其奴等《そいつら》騙賊《かたり》じゃ。また、騙賊でのうても、華族が何だ、学者が何だ、糧《かて》をどうする!……命をどうする?……万事俺が引受けた。遣《や》れ、汝等《きさまら》、裸にしようが、骨を抜こうが、女郎《めろう》一人と、八千の民、誰《たれ》か鼎《かなえ》の軽重《けいちょう》を論ぜんやじゃ。雨乞を断行せい。
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力士|真先《まっさき》に、一同ばらりと立懸《たちかか》る。
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学円 私《わし》を縛《しば》れ、(と上衣《うわぎ》を脱ぎ棄て)かほど云うても肯入《ききい》れないなら止《や》むを得ん、私《わし》を縛れ、牛にのせい。
晃 (からりと鎌を棄て)いや、身代りなら俺を縛れ。さあ、八裂《やつざき》にしろ、俺は辞せん。――牛に乗せて夜叉ヶ池に連れて行《ゆ》け。犠牲《にえ》によって、降らせる雨なら、俺が竜神に談判してやる。
百合 あれ、晃さん、お客様、私が行きます、私を遣って下さいまし。
晃 ならん、生命《いのち》に掛けても女房は売らん、竜神が何だ、八千人がどうしたと! 神にも仏にも恋は売らん。お前が得心で、納得して、好んですると云っても留めるんだ。
鉱蔵 (ふわふわと軽く詰め寄り、コツコツと杖を叩いて)血迷うな! たわけも可《い》い加減にしろ、女も女だ。湯屋へはどうして入る?……うむ、馬鹿が!(と高笑いして)君たち、おい、いやしくも国のためには、妻子を刺殺《さしころ》して、戦争に出るというが、男児たるものの本分じゃ。且つ我が国の精神じゃ、すなわち武士道じゃ。人を救い、村を救うは、国家のために尽《つく》すのじゃ。我が国のために尽すのじゃ。国のために尽すのに、一晩|媽々《かかあ》を牛にのせるのが、さほどまで情《なさけ
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