ころや》りに、子守唄をうたいまする。
白雪 恋しい人と分れている時は、うたを唄えば紛れるものかえ。
姥 おおせの通りでござります。
一同 姫様《ひいさま》、遊ばして御覧じませぬか。
白雪 思いせまって、つい忘れた。……私がこの村を沈めたら、美しい人の生命《いのち》もあるまい。鐘を撞《つ》けば仇《あだ》だけれども、(と石段を静《しずか》に下りつつ)この家《や》の二人は、嫉《ねたま》しいが、羨《うらやま》しい。姥、おとなしゅうして、あやかろうな。
姥 (はらはらと落涙して)お嬉しゅう存じまする。
白雪 (椿に)お前も唄うかい。
椿 はい、いろいろのを存じております。
鯉七 いや、お腰元衆、いろいろ知ったは結構だが、近ごろはやる==池の鯉よ、緋鯉《ひごい》よ、早く出て麩《ふ》を食え==なぞと、馬鹿にしたようなのはお唄いなさるな、失礼千万、御機嫌を損じよう。
椿 まあ……お前さんが、身勝手な。
一同 (どっと笑う。)――
白雪 人形抱いて、私も唄おう……剣ヶ峰のおつかい。
鯰入 はあ、はあ、はッ。
白雪 お返事を上げよう……一所に――椿や、文箱《ふばこ》をお預り。――衆《みな》も御苦労であった。
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一同敬う。=でんでん太鼓に笙《しょう》の笛、起上り小法師《こぼし》に風車《かざぐるま》==と唄うを聞きつつ、左右に分れて、おいおいに一同入る。陰火全く消ゆ。
月あかりのみ。遠くに犬|吠《ほ》え、近く五位鷺《ごいさぎ》啼《な》く。
お百合、いきを切って、褄《つま》もはらはらと遁《に》げ帰り、小家《こや》の内に駈入《かけい》り、隠る。あとより、村長|畑上嘉伝次《はたがみかでんじ》、村の有志|権藤《ごんどう》管八、小学校教員斎田初雄、村のものともに追掛《おっか》け出づ。一方より、神官代理|鹿見宅膳《しかみたくぜん》、小力士《こりきし》、小烏風呂助《こがらすふろすけ》と、前後《あとさき》に村のもの五人ばかり、烏帽子《えぼし》、素袍《すおう》、雑式《ぞうしき》、仕丁《しちょう》の扮装《いでたち》にて、一頭の真黒《まっくろ》き大牛を率いて出づ。牛の手綱は、小力士これを取る。
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村一 内へ隠れただ、内へ隠れただ。
村二 真暗《まっくら》だあ。
初雄 灯《あかり》を消したって夏の虫だに。
管八 踏込《ふん
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