てものを言う大切なお嬢さんを、とお蔦はただそれだけでさえ引退《ひっさが》る。処へ、幾条《いくすじ》も幾条も家《うち》中の縁の糸は両親で元緊《もとじめ》をして、颯《さっ》さらりと鵜縄《うなわ》に捌《さば》いて、娘たちに浮世の波を潜《くぐ》らせて、ここを先途と鮎《あゆ》を呑ませて、ぐッと手許へ引手繰《ひったぐ》っては、咽喉《のど》をギュウの、獲物を占め、一門一家《いちもんいっけ》の繁昌を企むような、ソンな勘作の許《とこ》へお嬢さんを嫁《や》られるもんか。
 いいえ、私が肯《き》かないわ、とお源をつかまえて談ずる処へ、熱《い》い湯だった、といくらか気色を直して、がたひし、と帰って来た主税に、ちょいとお前さん、大丈夫なんですか、とお蔦の方が念を入れたほどの勢《いきおい》。

       二十三

 何が大丈夫だか、主税には唐突《だしぬけ》で、即座には合点《がってん》しかねるばかり、お蔦の方の意気込が凄《すさま》じい。
 まだ、取留めた話ではなし、ただ学校で見初めた、と厭らしく云う。それも、恋には丸木橋を渡って落ちてこそしかるべきを、石の橋を叩いて、杖《ステッキ》を支《つ》いて渡ろうとする縁談だから、そこいら聴合わせて歩行《ある》く中《うち》に、誰かの口で水を注《さ》せば、直ぐに川留めの洪水ほどに目を廻わしてお流れになるだろう。
 けれども、なぜか、母子連《おやこづれ》で学校へ観に行った、と聞いただけで、お妙さんを観世物《みせもの》にし、またされたようで癪《しゃく》に障った。しかし物にはなるまいよ、と主税が落着くと、いいえ、私は心配です。どこをどう聞き廻ったって、あのお嬢さんに難癖を着けるものはありません。いずれ真砂町|様《さん》へ言入れるに違いますまい。それに河野と云う人が、他に取柄は無いけれど、ただ頼もしいのが押の強いことなんですから、一押二押で、悪くすると出来ますよ。出来るような気がしてならない。私は何だかもうお妙さんが、ぺろぺろと嘗《な》められる夢を見て、今夜にも寝ていて魘《うな》されそうで、お可哀相でなりません。貴郎《あなた》油断をしちゃ厭ですよ、と云った――お蔦の方が、その晩毛虫に附着《くッつ》かれた夢を見た。いつも河野のその眉が似ていると思ったから。――
 もっとも河野は、綺麗に細眉にしていたが、剃りづけませぬよう、と父様の命令で、近頃太くしているので、毛虫で
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