で、しばしばかいがん[#「かいがん」に傍点]に及んだのみか、卒業も二年ばかり後れたけれども、首尾よく学位を得たと聞いて、親たちは先ず占めた、びき[#「びき」に傍点]で、あおたん[#「あおたん」に傍点]の掴《つか》みだと思うと、手八《てはち》の蒔直《まきなお》しで夜泊《よどまり》の、昼流連《ひるながし》。祖母さんの命を承《う》けて、妹連から注進櫛の歯を挽《ひ》くがごとし。で、意見かたがたしかるべき嫁もあらばの気構えで、この度母親が上京したので、妙子が通う女学校を参観したと云うにつけても、意のある処が解せられる。
「どうだい、君、窮屈な思いをしたろう。」
親が参って、さぞ御迷惑、と悪気は無い挨拶《あいさつ》も、母様《かあさん》で、威儀で、厳粛で、窮屈な思いを、と云うから、何と豪《えら》いか、恐入ったろう、と極《き》めつけるがごとくに聞える。
例《いつも》の調子と知っているから、主税は別に気にも留めず、勿論、恐入る必要も無いので、
「姑に持とうと云うんじゃなし、ちっとも窮屈な事はありません。」
机の前に鉄拐胡坐《てっかあぐら》で、悠然と煙草を輪に吹く。
「しかし、君、その自《おのず》から、何だろう。」
とその何だか、火箸で灰を引掻《ひっか》いて、
「僕は窮屈で困る。母様がああだから、自から襟を正すと云ったような工合でね。……
直《じき》の妹なんざ、随分|脱兎《だっと》のごとしだけれど、母様の前じゃほとんど処女だね。」
と髯を捻《ひね》る。
十四
「で、何かね、母様《かあさん》は、」
と主税は笑いながら、わざと同一《おんなじ》ように母様と云って、煙管《きせる》を敲《はた》き、
「しばらく御滞在なんですかい。」
「一月ぐらい居るかも知れない、ああ、」と火鉢に凭掛《よりかか》る。
「じゃ当分謹慎だね。今夜なぞも、これから真直《まっすぐ》にお帰りだろう、どこへも廻りゃしますまいな。」
「うふふ、考えてるんだ。」とまた灰に棒を引く。
「相変らず辛抱が[#「辛抱が」は底本では「幸抱が」]出来ないか。」
「うむ、何、そうでもない。母様が可愛がってくれるから、来ている間は内も愉快だよ。賑《にぎやか》じゃあるし、料理が上手だからお菜《かず》も旨《うま》いし、君、昨夜《ゆうべ》は妹たちと一所に西洋料理を奢《おご》って貰った、僕は七皿喰った。ははは、」
と火箸
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