から、あれに間違いの無いように、怪我の無いようにと思ったが、可哀相な事をしたよ。
早瀬に過失《あやまち》をさすまいと思う己の目には、お前の影は彼奴《あいつ》に魔が魅《さ》しているように見えたんだ。お前を悪魔だと思った、己は敵《かたき》だ。間《なか》をせい[#「せい」に傍点]たって処女《きむすめ》じゃない。真《まこと》逢いたくば、どんなにしても逢えん事はない。世間体だ、一所に居てこそ不都合だが、内証なら大目に見てやろうと思ったものを、お前たちだけに義理がたく、死ぬまで我慢をし徹《とお》したか。可哀相に。……今更卑怯な事は謂《い》わない、己を怨め、酒井俊蔵を怨め、己を呪《のろ》えよ!
どうだ、自分で心を弱くして、とても活きられない、死ぬなんぞと考えないで、もう一度石に喰《くい》ついても恢復《なお》って、生樹《なまき》を裂いた己へ面当《つらあて》に、早瀬と手を引いて復讐《しかえし》をして見せる元気は出せんか、意地は無いか。
もう不可《いけ》まいなあ。」
と、忘れたようなお蔦の手を膝へ取って、熟《じっ》と見て、
「瘠《や》せたよ。一昨日《おととい》見た時よりまた半分になった。――これ、目を開《あ》きなよ、しっかりしな、己だ、分ったか、ああ先生だよ。皆《みんな》居る、妙も来ている。姉さん――小芳か、あすこに居るよ。
なぜ、お前は気を長くして、早瀬が己ほどの者になるのを待たん、己でさえ芸者の情婦《いろ》は持余しているんだ、世の中は面倒さな。
あの腰を突けばひょろつくような若い奴が、お前を内へ入れて、それで身を立って行かれるものか。共倒れが不便《ふびん》だから、剣突《けんつく》を喰わしたんだが、可哀相に、両方とも国を隔って煩らって、胸一つ擦《さす》って貰えないのは、お前たち何の因果だ。
さぞ待っているだろうな、早瀬の来るのを。あれが来るから、と云って、お前、昨夜《ゆうべ》髪を結《い》ったそうだ。ああ、島田が好《よ》く出来た、己が見たよ。」
と云う時、次の室《ま》で泣音《なくね》がした。続いてすすり泣く声が聞えたが、その真先《まっさき》だったのは、お蔦のこれを結った、髪結のお増であった。芸妓《げいこ》島田は名誉の婦《おんな》が、いかに、丹精をぬきんでたろう。
上らぬ枕を取交えた、括蒲団《くくりぶとん》に一《いち》が沈んで、後毛《おくれげ》の乱れさえ、一入《ひとしお
前へ
次へ
全214ページ中194ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング