白衣が、さらりと消えて、壇に沈む。

       四十四
 
 寝台《ねだい》に沈んだ病人の顔の色は、これが早瀬か、と思うほどである。
 道子は雪洞を裾に置いて、帯のあたりから胸を仄《ほの》かに、顔を暗く、寝台に添うて彳《たたず》んで、心《しん》を細めた洋燈《ランプ》のあかりに、その灰のような面《おもて》を見たが、目は明かに開いていた。
 ト思うと、早瀬に顔を背けて、目を塞いだが、瞳は動くか、烈しく睫毛《まつげ》が震えたのである。
 ややあって、
「早瀬さん、私が分りますか。」
「…………」
「ようよう今日のお昼頃から、あの、人顔がお分りになるようにおなんなさいましたそうでございますね。」
 「お庇様《かげさま》で。」
 と確《たしか》に聞えた。が、腹でもの云うごとくで、口は動かぬ。
「酷《ひど》いお熱だったんでございますのねえ。」
「看護婦に聞きました。ちょうど十日間ばかり、全《まる》ッきり人事不省で、驚きました。いつの間にか、もう、七月の中旬《なかば》だそうで。」と瞑《ねむ》ったままで云う。
「宅では、東京の妹たちが、皆《みんな》暑中休暇で帰って参りました。」
 少し枕を動かして、
「英吉君も……ですか。」
「いいえ、あの人だけは参りませんの。この頃じゃ家《うち》へ帰られないような義理になっておりますから、気の毒ですよ。
 ああ、そう申せば、」と優しく、枕許の置棚を斜《ななめ》に見て、
「貴下は、まあ、さぞ東京へお帰りなさらなければならなかったんでございましょうに。あいにく御病気で、ほんとうに間が悪うございましたわね。酒井様からの電報は御覧になりましたの?」
「見ました、先刻はじめて、」
 と調子が沈む。
「二通とも、」
「二通とも。」
「一通はただ(直ぐ帰れ。)ですが、二度目のには、ツタビョウキ(蔦病気)――かねて妹から承っておりました。貴下の奥さんが御危篤《ごきとく》のように存じられます。御内の小使さん、とそれに草深の妹とも相談しまして、お枕許で、失礼ですが、電報の封を解きまして、私の名で、貴下がこのお熱の御様子で、残念ですがいらっしゃられない事を、お返事申して置きました。ですが、まあ、何という折が悪いのでございましょう。ほんとうにお察し申しております。」
「……病気が幸です。達者で居たって、どの面《つら》さげて、先生はじめ、顔が合されますもんですか。」

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