ましたっけ、大勢の中でございますから、遠くに姿を見ましたばかりで、別に言《ことば》も交わさないで、私は急いで出て参りましたので。」
「成程、いや、お茶も差上げませんで失礼ですが、手間が取れちゃまたお首尾が悪いと不可《いけ》ません。直ぐに、これから、」
「どうぞそうなすって下さいまし、貴下、御苦労様でございますねえ。」
「御苦労どころじゃありません。さあ、お供いたしましょう。」
 ふと心着いたように、
「お待ちなさいよ、夫人《おくさん》。」

       四十一

 早瀬は今更ながら、道子がその白襟の品好く麗《うるわ》しい姿を視《なが》めて、
「宵暗《よいやみ》でも、貴女《あなた》のその態《なり》じゃ恐しく目に立って、どんな事でまたその蠣目の車夫なんぞが見着けまいものでもありません。ちょいと貴女|手巾《ハンケチ》を。」
 と慌《あわただ》しい折から手の触るも顧みず、奪うがごとく引取って、背後《うしろ》から夫人の肩を肩掛《ショオル》のように包むと、撫肩はいよいよ細って、身を萎《すく》めたがなお見|好《よ》げな。
 懐中《ふところ》からまた手拭《てぬぐい》を出して、夫人に渡して、
「姉《あね》さん冠《かぶ》りと云うのになさい、田舎者がするように。」
「どうせ田舎者なんですもの。」
 と打傾いて、髷《まげ》にちょっと手を当てて、
「こうですか。」白地を被《かぶ》って俯向《うつむ》けば、黒髪こそは隠れたれ、包むに余る鬢《びん》の馥《か》の、雪に梅花を伏せたよう。
 主税は横から右瞻左瞻《とみこうみ》て、
「不可《いけな》い、不可い、なお目立つ。貴女、失礼ですが、裾を端折《はしょ》って、そう、不可《いか》んな。長襦袢《ながじゅばん》が突丈《ついたけ》じゃ、やっぱり清元の出語《でがたり》がありそうだ。」
 と口の裡《うち》に独言《つぶや》きつつ、
「お気味が悪くっても、胸へためて、ぐっと上げて、足袋との間を思い切って。ああ、おいたわしいな。」
「厭《いや》でございますね。」
「御免なさいよ。」
 と言うが疾《はや》いか、早瀬の手は空を切って、体を踞《しゃが》んだと思うと、
「あれ、」
 かっとなって、ふらふらと頭《つむり》重く倒れようとした――手を主税の肩に突いて、道子はわずかに支えたが、早瀬の掌《たなそこ》には逸早く壁の隅なる煤《すす》を掬《すく》って、これを夫人の脛《はぎ》
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