「ほほほほ、」
と今度は夫人の方が笑い出したが。
「なにしろ、貴下は不実よ。」
「何が不実です。」
「どうかして下さいな。」
――更《あらたま》って――
「妙子さんを。」
「ですから色仕掛けか、と云うんです。」
「あんな恐い顔をして、(と莞爾《にっこり》して。)ほんとうはね、私……自ら欺《あざ》むいているんだわ。家のために、自分の名誉を犠牲《ぎせい》にして、貴下から妙子さんを、兄さんの嫁に貰おう、とそう思ってこちらへ往来《ゆきき》をしているの。
でなくって、どうして島山の顔や、母様の顔が見ていられます。第一、乳母《ばあや》にだって面《おもて》を見られるようよ。それにね、なぜか、誰よりも目の見えない娘が一番恐いわ。母さん、と云って、あの、見えない目で見られると、悚然《ぞっと》してよ。私は元気でいるけれど、何だか、そのために生身を削られるようで瘠《や》せるのよ。可哀相だ、と思ったら、貴下、妙子さんを下さいな。それが何より私の安心になるんです。……それにね、他《ほか》の人は、でもないけれど、母様がね、それはね、実に注意深いんですから、何だか、そうねえ、春の歌留多《かるた》会時分から、有りもしない事でもありそうに疑《うたぐ》っているようなの。もしかしたら、貴下私の身体《からだ》はどうなると思って? ですから妙子さんさえ下されば、有形にも無形にも立派な言訳になるんだわ。ひょっとすると、母様の方でも、妙子さんの為にするのだ、と思っているのかも知れなくってよ。顔さえ見りゃ、(私がどうかして早瀬さんに承知させます。)と、母様が口を利かない先にそう言って置くから。よう、後生だから早瀬さん。」
言い言い、縋《すが》るように言う。
「詰らん言《こと》を。先生のお嬢さんを言訳に使って可いもんですか。」
「そうすると、私もう、母さんの顔が見られなくなるかも知れませんよ。」
「僕だって活きて二度と、先生の顔が見られないように……」と思わず拳《こぶし》を握ったのを、我を引緊《ひきし》められたごとくに、夫人は思い取って、しみじみ、
「じゃ、私の、私の身体はどうなって?」
「訳は無い、島山から離縁されて、」
「そんな事が、出来るもんですか。」
「出来ないもんですか。当前《あたりまえ》だ、」
と自若として言うと、呆れたように、また……莞爾《にっこり》、
「貴下はどうしてそうだろう。」
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