私《わたくし》は不思議な縁で、去年静岡へ参って……しかもその翌日でした。島山さんのと、浅間を通った時、茶店へ休んで、その貞造に逢ったんです。それからこういう秘密な事を打明けられるまで、懇意になって、唯今の処じゃ、是非貴女のお耳へ入れなくってはなりませんほど、老人|危篤《きとく》なのでございます。
私でさえ、これは一番《ひとつ》貴女に願って、逢ってやって頂きたいと思いましたから、今迄|幾度《いくたび》か病人に勧めても見ましたけれども、いやいや、何にも御存じない貴女に、こういう事をお聞かせ申すのは、足を取って地獄へ引落すようなもの。あとじゃ月も日も、貴女のお目には暗くなろう。お最惜《いとし》い、と貞造が頭《かぶり》を掉《ふ》ります。
道理《もっとも》だと控えました。もっとも私も及ばずながら医師《いしゃ》の世話もしたんです、薬も飲ませました。名高い医学士でお在《いで》なさるから一ツ河野さんの病院へ入院してはどうか、余所《よそ》ながらお道さんのお顔を見られようから、と云いましたが、もっての外だ、と肯《き》きません。
清い者です。
人の悪い奴で御覧なさい、対手《あいて》が貴女の母様《おっかさん》で、そのお手紙が一通ありゃ、貞造は一生涯朝から刺身で飲めるんですぜ。
またちっとでも強情《ねだ》りがましい了見があったり、一銭たりとも御心配を掛《かけ》るような考《かんがえ》があるんなら、私は誓って口は利かんのです。
そうじゃない! ただ一目拝みたいと云う、それさえ我慢をし抜いた、それもです……老人自分じゃ、まだ治らないとは思っていなかったからなので。煎じて飲むのがまだるッこし、薬鍋の世話をするものも無いから、薬だと云う芭蕉の葉を、青いまんまで噛《かじ》ったと言います――
その元気だから、どうかこうか薬が利いて、一度なんざ、私と一所に安倍川へ行って餅を食べて茶を喫《の》んで帰った事もあったんですが、それがいいめ[#「いいめ」に傍点]を見せたんで、先頃からまたどッと褥《とこ》に着いて、今は断念《あきら》めた処から、貴女を見たい、一目逢いたいと、現《うつつ》に言うようになったんです。
容態が容態ですから、どうぞ息のある内にと心配をしていたんですが、人に相談の出来る事じゃなし、御宅へ参ってお話をしようにも、こりゃ貴女と対向《さしむか》いでなくっては出来ますまい。
失礼だけれ
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