》村に居るんです。貞造と申して、以前御宅の馬丁《べっとう》をしたもので、……夫人《おくさん》、貴女の、実の……御父上《おとうさん》……」

       三十三

「その……手紙を御覧なさいましたら、もうお疑はありますまい。それは貴女の御父上《おとうさん》、英臣《ひでおみ》さんが、御出征中、貴女の母様《おっかさん》が御宅の馬丁貞造と……」
 早瀬はちょっと言《ことば》を切って……夫人がその時、わななきつつ持つ手を落して、膝の上に飜然《ひらり》と一葉、半紙に書いた女文字。その玉章《たまずさ》の中には、恐ろしい毒薬が塗籠《ぬりこ》んででもあったように、真蒼《まっさお》になって、白襟にあわれ口紅の色も薄れて、頤《おとがい》深く差入れた、俤《おもかげ》を屹《きっ》と視て、
「……などと云う言《ことば》だけも、貴女方のお耳へ入れられる筈《はず》のものじゃありません、けれども、差迫った場合ですから、繕って申上げる暇《いとま》もありません。
 で、そのために貴女がおできなすったんで、まだお腹《はら》にいらっしゃる間には、貴女の母様《おっかさん》が水にもしようか、という考えから、土地に居ては、何かにつけて人目があると、以前、母様をお育て申した乳母が美濃|安八《あはち》の者で、――唯今島山さんの玄関に居る書生は孫だそうです。そこへ始末をしに行ってお在《いで》なすった間に、貞造へお遣わしなすったお手紙なんです。
 馬丁はしていたが、貞造はしかるべき禄を食《は》んだ旧藩の御馬廻の忰《せがれ》で、若気の至りじゃあるし、附合うものが附合うものですから、御主人の奥様《おくさん》と出来たのを、嬉しい紛れ、鼻で指をさして、つい酒の上じゃ惚気《のろけ》を云った事もあるそうですが、根が悪人ではないのですから、児《こ》をなくすという恐《おそろし》い相談に震い上って、その位なら、御身分をお棄てなすって、一所に遁《に》げておくんなさい。お肯入《ききい》れ無く、思切った業《わざ》をなさりゃ、表向きに坐込む、と変った言種《いいぐさ》をしたために、奥さんも思案に余って、気を揉んでいなすった処へ、思いの外用事が早く片附いて、英臣さんが凱旋《がいせん》でしょう。腹帯にはちっと間が在ったもんだから、それなりに日が経《た》って、貴女は九月児《ここのつきご》でお在《いで》なさる。
 が、世間じゃ、ああ、よくお育ちなすった、
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