おとな》しく膝の上へ大事に置く。
「ほんとうに、お蔦さんは羨《うらやま》しいわねえ。」
とさも羨しそうに小芳が云うと、お妙はフト打仰向いて、目を大きくして何か考えるようだったが、もう一つの袂から緋天鵝絨《ひびろうど》の小さな蝦蟇口《がまぐち》を可愛らしく引出して、
「小母さん、これを上げましょう。怒っちゃ可厭よ。沢山《たんと》あると可いけれど、大《おおき》な銀貨(五十銭)が三個《みッつ》だけだわ。
先《せん》の紙入の時は、お紙幣《さつ》が……そうねえ……あの、四円ばかりあったのに、この間落してねえ。」
と驚いたような顔をして、
「どうしようかと思ったの。だからちっとばかしだけれど、小母さん怒らないで取っといて下さいな。」
小芳が吃驚《びっくり》したらしい顔を、お蔦は振上げた目で屹《きっ》と見て、
「ああ、先生のお嬢さん。……とも……かくも……頂戴おしよ、姉さん、」
「お礼を申上げます。」
と作法正しく、手を支《つ》いたが、柳の髪の品の佳《よ》さ。頭《つむり》も得《え》上げず、声が曇って、
「どうぞ、此金《これ》で、苦界《くがい》が抜けられますように。」
その時お蔦も、いもと仮名書の包みを開けて、元気よく発奮《はず》んだ調子で、
「おお、半襟を……姉さん、江戸紫の。」
「主税さんが好な色よ。」
と喜ばれたのを嬉しげに、はじめて膝を横にずらして、蒲団にお妙が袖をかけた。
「姉さん、」
と、お蔦は俯向《うつむ》いた小芳を起して、膝突合わせて居直ったが、頬を薄蒼う染《そむ》るまでその半襟を咽喉《のど》に当てて、頤《おとがい》深く熟《じっ》と圧《おさ》えた、浴衣に映る紫栄えて、血を吐く胸の美しさよ。
「私が死んだら、姉さん、経帷子《きょうかたびら》も何にも要らない、お嬢さんに頂いた、この半襟を掛けさしておくれよ、頼んだよ。」
と云う下から、桔梗《ききょう》を走る露に似て、玉か、はらはらと襟を走る。
「ええ、お前さん、そんな、まあ、拗《す》ねたような事をお言いでない。お嬢さんのお志、私、私なんざ、今頂いた御祝儀を資本《もとで》にして、銀行を建てるんです。そして借金を返してね、綺麗に芸者を止すんだよ。」
と串戯《じょうだん》らしく言いながら、果敢《はか》ないお蔦の姿につけ、情《なさけ》にもろく崩折《くずお》れつつ、お妙を中に面《おもて》を背けて、紛らす煙草の煙
前へ
次へ
全214ページ中152ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング