しのみだれさえ、忘れたように瞻《みまも》って、
「お妙様。」
「小母さんは、早瀬さんの……あの……お蔦さん?」

       二十一

「いらっしゃいまし、」
 と小芳が太《いた》く更《あらた》まって、三指を突いた時、お妙は窮屈そうに六畳の上座《じょうざ》へ直されていたのである。
「貴嬢《あなた》、まあ、どうしてこんな処へ、たった御一人なんですか。途中で何かございませんでしたか、お暑かったでしょうのに。唯今《ただいま》手拭を絞って差上げます。」
 と一斉《いっとき》に云いかけられて、袖で胸を煽《あお》いでいた手を留めて、
「暑いんじゃないの、私|極《きまり》が悪いから、それでもって、あの、」
 と袂《たもと》を顔に当てて、鈴のような目ばかり出して、
「小母さんが、お蔦さん?」と低声《こごえ》でまた聞いた。
「あれ、どうしましょう。あんまり思懸けない方がお見えなさいましたもんですから、私は狼狽《とっち》てしまってさ。ほほほ、いうことも前後《あとさき》になるんですもの、まあ、御免なさいまし。
 私は……じゃありません。その……何でございますよ、お蔦さんが煩らって寝ておりますので、見舞に来たんでございます。」
「ええ、御病気。」と憂慮《きづかわ》しげに打傾く。
「はあ、久しい間、」
「沢山《たんと》、悪くって?」
「いいえ、そんなでもないようですけれど、臥《ふせ》っておりますから、お髪《ぐし》はあげられませんでしょう。ですが、御緩《ごゆっ》くり、まあ、なさいまし。この頃では、お増さんも気に掛けて、早く帰って参りますから、ほんとうに……お嬢さん、」
 と擦寄って、うっかりと見惚《みと》れている。
 上框《あがりぐち》が三畳で、直ぐ次がこの六畳。前の縁が折曲《おりまが》った処に、もう一室《ひとま》、障子は真中《まんなか》で開いていたが、閉った蔭に、床があれば有るらしい。
 向うは余所《よそ》の蔵で行詰ったが、いわゆる猫の額ほどは庭も在って、青いものも少しは見える。小綺麗さは、酔《のん》だくれには過ぎたりといえども、お増と云う女房の腕で、畳も蒼《あお》い。上原とあった門札こそ、世を忍ぶ仮の名でも何でもない、すなわちこれめ[#「め」に傍点]組の住居《すまい》、実は女髪結お増の家と云ってしかるべきであろう。
 惣助の得意先は、皆、渠《かれ》を称して恩田百姓と呼ぶ。註に不及《およば
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