結ってやって、お世辞にも誉められた覚えがある。出来ないことはありますまい、親もなし、兄弟もなし、行く処と云えば元の柳橋の主人の内、それよりは肴屋《さかなや》へ内弟子に入って当分|梳手《すきて》を手伝いましょう。……何も心まかせ、とそれに極《き》まった。この事は、酒井先生も御承知で、内証《ないしょう》で飯田町の二階で、直々《じきじき》に、お蔦に逢って下すって、その志の殊勝なのに、つくづく頷《うなず》いて、手ずから、小遣など、いろいろ心着《こころづけ》があった、と云う。
それぎり、顔も見ないで、静岡へ引込《ひっこ》むつもりだったが、め[#「め」に傍点]組の惣助の計らいで、不意に汽車の中で逢って、横浜まで送る、と云うのであった。ところが終列車で、浜が留まりだったから、旅籠《はたご》も人目を憚《はばか》って、場末の野毛の目立たない内へ一晩泊った。
(そんな時は、)
と酔っていた夫人が口を挟んで、顔を見て笑ったので、しばらくして、
(背中合わせで、別々に。)
翌日、平沼から急行列車に乗り込んで、そうして夫人《あなた》に逢ったんだと。……
うつらうつら
十八
中途で談話《はなし》に引入れられて鬱《ふさ》ぐくらい、同情もしたが、芸者なんか、ほんとうにお止しなさいよ、と夫人が云う。主税は、当初《はじめ》から酔わなきゃ話せないで陶然としていたが、さりながら夫人、日本広しといえども、私にお飯《まんま》を炊《たい》てくれた婦《おんな》は、お蔦の他ありません。母親の顔も知らないから、噫《ああ》、と喟然《きぜん》として天井を仰いで歎ずるのを見て、誰が赤い顔をしてまで、貸家を聞いて上げました、と流眄《しりめ》にかけて、ツンとした時、失礼ながら、家で命は繋《つな》げません、貴女は御飯が炊けますまい。明日は炊くわ。米を※[#「睹のつくり/火」、第3水準1−87−52]《に》るのだ、と笑って、それからそれへ花は咲いたのだったが、しかし、気の毒だ、可哀相に、と憐愍《あわれみ》はしたけれども、徹頭徹尾、(芸者はおよしなさい。)……この後たとい酒井さんのお許可《ゆるし》が出ても、私が不承知よ。で、さてもう、夜が更けたのである。
出て来ない――夫人はどうしたろう。
がたがた音がした台所も、遠くなるまで寂寞《ひっそり》して、耳馴れたれば今更めけど、戸外《おもて》は数
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