ちらちらと分れて映るばかり、十四五人には過ぎないのであった。
め[#「め」に傍点]組が、中ほどから、急にあたふたと駈出して、二等室を一ツ覗《のぞ》き越しにも一つ出て、ひょいと、飛込むと、早や主税が近寄る時は、荷物を入れて外へ出た。
「ここが可いや、先生。」
「何だ、青切符か。」
「知れた事だね、」
「大束《おおたば》を言うな、駈落の身分じゃないか。幾干《いくら》だっけ。」
と横へ反身《そりみ》に衣兜《かくし》を探ると、め[#「め」に傍点]組はどんぶりを、ざッくと叩き、
「心得てら。」
「お前に達引かして堪るものか。」
「ううむ、」と真面目で、頭《かぶり》を掉《ふ》って、
「不残《のこらず》叩き売った道具のお銭《あし》が、ずッしりあるんだ。お前《め》さんが、蔦ちゃんに遣れって云うのを、まだ預っているんだから、遠慮はねえ、はははは、」
「それじゃ遠慮しますまいよ。」
と乗込んだ時、他に二人。よくも見ないで、窓へ立って、主税は乗出すようにして妙なことを云った。それは――め[#「め」に傍点]組の口から漏らした、河野の母親が以前、通じたと云う――馬丁《べっとう》貞造の事に就いてであった。
「何分頼むよ。」
「むむ、可いって事に。」
主税は笑って、
「その事じゃない、馬丁の居処さ。己《おれ》も捜すが、お前の方も。」
「……分った。」
と後退《あとじさ》って、向うざまに顱巻《はちまき》を占め直した。手をそのまま、花火のごとく上へ開いて、
「いよ、万歳!」
傍《かたわら》へ来た駅員に、突《つん》のめるように、お辞儀をして、
「真平御免ねえ、はははは。」
主税は窓から立直る時、向うの隅に、婀娜《あだ》な櫛巻の後姿を見た。ドンと硝子戸《がらすど》をおろしたトタンに、斜めに振返ったのはお蔦である。
はっと思うと、お蔦は知らぬ顔をして、またくるりと背《うしろ》を向いた。
汽車出でぬ。
貴婦人
一
その翌日、神戸行きの急行列車が、函根《はこね》の隧道《トンネル》を出切る時分、食堂の中に椅子を占めて、卓子《テイブル》は別であるが、一|人《にん》外国の客と、流暢《りゅうちょう》に独逸《ドイツ》語を交えて、自在に談話しつつある青年の旅客《りょかく》があった。
こなたの卓子に、我が同胞のしかく巧みに外国語を操るのを、嬉しそうに、且つ頼母《たのも
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