》く見える女がある。女の足が硬く見えるようでは、其の女は到底美人ではない。白い足袋に調和するほどの女は少いのである。美人が少いからだ。足袋のことをいうから次手に云っておく。近来は汚れた白足袋を穿いて居るものが多い。敢えて新しいのを買えとはいわぬ。せつせつ洗えば、それで清潔《きれい》になるのである。
 或る料理屋《おちゃや》の女将《かみさん》が、小間物屋がばらふ[#「ばらふ」に傍点]の櫛を売りに来た時、丁度半纏を着て居た。それで左手を支《つ》いて、くの字なりになって、右手《めて》を斜に高く挙げて、ばらふの櫛を取って、透かして見た。その容姿《すがた》は似つかわしくて、何ともいえなかったが、また其の櫛の色を見るのも、そういう態度でなければならぬ。今これを掌へ取って覆《かえ》して見たらば何うか、色も何も有ったものではなかろう。旁々《かたがた》これも一種の色の研究であろう。
 で、鼈甲にしろ、簪にしろ、櫛にしろ、小間物店にある時より、またふっくらした島田の中に在る時より、抜いて手に取った時に真の色が出るのである。見られるのである。しかしながら長襦袢の帯を解いた時に色を現すのはこの限にあらず。



底本:「日本の名随筆7 色」作品社
   1983(昭和58)年5月25日第1刷発行
   1999(平成11)年2月25日第20刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第二十八巻」岩波書店
   1942(昭和17)年11月
入力:門田裕志
校正:林 幸雄
2002年12月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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