その背を抱《いだ》き、見返して、姫に附添える女童に)どれ、お見せ。(手鞠を取る)まあ、綺麗な、私にも持って来て下されば可《よ》いものを。
朱の盤 ははッ。(その白布の包を出《いだ》し)姫君より、貴女様へ、お心入れの土産がこれに。申すは、差出がましゅうござるなれど、これは格別、奥方様の思召《おぼしめ》しにかないましょう。…何と、姫君。(色を伺う。)
亀姫 ああ、お開き。お姉様の許《とこ》だから、遠慮はない。
夫人 それはそれは、お嬉しい。が、お亀様は人が悪い、中は磐梯山《ばんだいさん》の峰の煙か、虚空蔵《こくうぞう》の人魂《ひとだま》ではないかい。
亀姫 似たもの。ほほほほほ。
夫人 要りません、そんなもの。
亀姫 上げません。
朱の盤 いやまず、(手を挙げて制す)おなかがよくてお争い、お言葉の花が蝶のように飛びまして、お美しい事でござる。……さて、此方《こなた》より申す儀ではなけれども、奥方様、この品ばかりはお可厭《いや》ではござるまい。
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包を開く、首桶《くびおけ》。中より、色白き男の生首を出し、もとどりを掴《つか》んで、ずうんと据う。
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や、不重宝《ぶちょうほう》、途中|揺溢《ゆりこぼ》いて、これは汁《つゆ》が出ました。(その首、血だらけ)これ、姥《うば》殿、姥殿。
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舌長姥 あいあい、あいあい。
朱の盤 御進物が汚れたわ。鱗《うろこ》の落ちた鱸《すずき》の鰭《ひれ》を真水で洗う、手の悪い魚売人には似たれども、その儀では決してない。姥殿、此方《こなた》、一拭《ひとぬぐ》い、清めた上で進ぜまいかの。
夫人 (煙管を手に支《つ》き、面《おもて》正しく屹《きっ》と視《み》て)気遣いには及びません、血だらけなは、なおおいしかろう。
舌長姥 こぼれた羹《あつもの》は、埃溜《はきだめ》の汁でござるわの、お塩梅《あんばい》には寄りませぬ。汚穢《むさ》や、見た目に、汚穢や。どれどれ掃除して参らしょうぞ。(紅《あか》の袴《はかま》にて膝行《いざ》り出で、桶を皺手《しわで》にひしと圧《おさ》え、白髪《しらが》を、ざっと捌《さば》き、染めたる歯を角《けた》に開け、三尺ばかりの長き舌にて生首の顔の血をなめる)汚穢や、(ぺろぺろ)汚穢やの。(ぺろぺろ)汚穢やの、汚穢やの、ああ
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