湧《わ》いたように見えますのは。」
「烏瓜《からすうり》でございます。下闇《したやみ》で暗がりでありますから、日中から、一杯咲きます。――あすこは、いくらでも、ごんごんごまがございますでな。貴方《あなた》は何とかおっしゃいましたな、スズメの蝋燭《ろうそく》。」
 これよりして、私は、茶の煮える間《ま》と言うもの、およそこの編《へん》に記《しる》した雀の可愛さをここで話したのである。時々|微笑《ほほえ》んでは振向《ふりむ》いて聞く。娘か、若い妻か、あるいは妾《おもいもの》か。世に美しい女の状《さま》に、一つはうかうか誘《さそ》われて、気の発奮《はず》んだ事は言うまでもない。
 さて幾度か、茶をかえた。
「これを御縁に。」
「勿論かさねまして、頃日《このごろ》に。――では、失礼。」
「ああ、しばらく。……これは、貴方《あなた》、おめしものが。」
 ……心着《こころづ》くと、おめしものも気恥《きはずか》しい、浴衣《ゆかた》だが、うしろの縫《ぬい》めが、しかも、したたか綻《ほころ》びていたのである。
「ここもとは茅屋《あばらや》でも、田舎道ではありませんじゃ。尻端折《しりばしょり》……飛んでもない。……ああ、あんた、ちょっと繕《つくろ》っておあげ申せ。」
「はい。」
 すぐに美人が、手の針は、まつげにこぼれて、目に見えぬが、糸は優しく、皓歯《しらは》にスッと含まれた。
「あなた……」
「ああ、これ、紅《あか》い糸で縫えるものかな。」
「あれ――おほほほ。」
 私がのっそりと突立《つッた》った裾《すそ》へ、女の脊筋《せすじ》が絡《まつわ》ったようになって、右に左に、肩を曲《くね》ると、居勝手《いがって》が悪く、白い指がちらちら乱れる。
「恐縮です、何ともどうも。」
「こう三人と言うもの附着《くッつ》いたのでは、第一|私《わし》がこの肥体《ずうたい》じゃ。お暑さが堪《たま》らんわい。衣服《きもの》をお脱ぎなさって。……ささ、それが早い。――御遠慮があってはならぬ――が、お身に合いそうな着替《きがえ》はなしじゃ。……これは、一つ、亭主が素裸《すはだか》に相成《あいな》りましょう。それならばお心安い。」
 きびらを剥《は》いで、すっぱりと脱ぎ放《はな》した。畚褌《もっこふどし》の肥大裸体《でっぷりはだか》で、
「それ、貴方《あなた》。……お脱ぎなすって。」
 と毛むくじゃらの大胡座
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