、大事な方を知っているか。お前が神仏《かみほとけ》を念ずるにも、まず第一に拝むと云った、その言葉が嘘でなければ、言わずとも分るだろう。そのお方のいいつけなんだ。
お蔦 (消ゆるがごとく崩折《くずお》れる)ええ、それじゃ、貴方の心でなく、別れろ、とおっしゃるのは、真砂町の先生の。(と茫然《ぼうぜん》とす。)
早瀬 己《おれ》は死ぬにも死なれない。(身を悶《もだ》ゆ。)
お蔦 (はっと泣いて、早瀬に縋《すが》る。)
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※[#歌記号、1−3−28]一日逢わねば、千日の思いにわたしゃ煩うて、針や薬のしるしさえ、泣《なき》の涙に紙濡らし、枕を結ぶ夢さめて、いとど思いのますかがみ。
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この間に、早瀬、ベンチを立つ、お蔦縋るようにあとにつき、双方涙の目に月を仰ぎながら徐《しずか》にベンチを一周す。お蔦さきに腰を落し、立てる早瀬の袂《たもと》を控う。
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お蔦 あきらめられない、もう一度、泣いてお膝に縋っても、是非もしようもないのでしょうか。
早瀬 実は柏家《かしわや》の
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