ありましょう。お鉄は元気好く含羞《はにか》むお雪を柔《やわら》かに素直に寝かして、袖を叩き、裾を圧《おさ》え、
「さあ、お客様。」
 と言ったのでありまするが、小宮山も人目のある前で枕を並べるのは、気が差して跋《ばつ》も悪うございますから、
「まあまあお前さん方。」
「さようならば、御免を蒙《こうむ》りまする。伊賀|越《ごえ》でおいでなすったお客じゃないから、私《わし》が股引《ももひき》穢《むそ》うても穿《は》いて寝るには及ばんわ、のうお雪。」
「旦那|笑談《じょうだん》ではございませんよ、失礼な。お客様御免下さいまし。」
 と二人は一所に挨拶をして、上段の間を出て行《ゆ》きまする、親仁《おやじ》は両提《りょうさげ》の莨入《たばこいれ》をぶら提げながら、克明に禿頭《はげあたま》をちゃんと据えて、てくてくと敷居を越えて、廊下へ出逢頭《であいがしら》、わッと云う騒動《さわぎ》。
「痛え。」とあいたしこをした様子。
 さっきから障子の外に、様子を窺《うかが》っておりましたものと見える、誰か女中の影に怯《おび》えたのでありまする。笑うやら、喚《わめ》くやら、ばたばたという内に、お鉄が障子を閉めました。後の十畳敷は寂然《ひっそり》と致し、二筋の燈心《とうすみ》は二人の姿と、床の間の花と神農様の像を、朦朧《もうろう》と照《てら》しまする。

       九

 小宮山は所在無さ、やがて横になって衾《ふすま》を肩に掛けましたが、お雪を見れば小さやかにふっかりと臥《ふ》して、女雛《めびな》を綿に包んだようでありまする。もとより内気な女の、先方《さき》から声を懸けようとは致しませぬ。小宮山は一晩介抱を引受けたのでありまするから、まず医者の気になりますと物もいい好《よ》いのでありました。
「姉さん、さぞ心細いだろうね、お察し申す。」
「はい。」
「一体どんな心持なんだい。何でも悪い夢は、明かしてぱッぱと言うものだと諺《ことわざ》にも云うのだから、心配事は人に話をする方が、気が霽《は》れて、それが何より保養になるよ。」
 としみじみ労《いたわ》って問い慰める、真心は通ったと見えまして、少し枕を寄せるようにして、小宮山の方を向いて、お雪は溜息《ためいき》を吐《つ》きましたが、
「貴方は東京のお方でございますってね。」
「うむ、東京だ、これでも江戸ッ児《こ》だよ。」
「あの、そう伺いますば
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