お若の遺書《かきおき》がある。
 橘は取って披見した後に、枕頭《まくらもと》に進んで、声を曇らせながら判然《はっきり》と読んで聞かせた。
 この意味は、人の想像とちっとも違《たが》わぬ。
 その時まで残念だ、と呼吸《いき》の下でいって、いい続けて、時々|歯噛《はがみ》をしていた少年は、耳を澄《すま》して、聞き果てると、しばらくうっとりして、早や死の色の宿ったる蒼白《そうはく》な面《おもて》を和《やわら》げながら、手真似《てまね》をすること三度ばかり。
 医学士が頷《うなず》いたので、橘が筆をあてがうと、わずかに枕を擡《もた》げ、天地|紅《べに》の半|切《きれ》に、薄墨のあわれ水茎の蹟《あと》、にじり書《がき》の端に、わか※[#「参らせ候」のくずし字、519−15]《まいらせそろ》とある上へ、少し大きく、佳《い》い手で脇屋欽之助つま、と記して安かに目を瞑《ねむ》った。
 一座粛然。
 作平は啜泣《すすりなき》をしながら、
「おめでてえな。」
 五助が握拳《にぎりこぶし》を膝に置いて、
「お若さん、喜びねえ。」
[#地から1字上げ]明治三十四(一九〇一)年一月



底本:「泉鏡花集成3」ちくま文庫、筑摩書房
   1996(平成8)年1月24日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第六卷」岩波書店
   1941(昭和16)年11月10日第1刷発行
入力:門田裕志
校正:染川隆俊
2009年5月10日作成
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