育ったもんだが、人は氏よりというけれど、作平さん、そうばかりじゃあねえね。
 お蔭で命を助かった位な施《ほどこし》を受けてるのがいくらもあら。
 藤三郎|父親《ちゃん》がまた夢中になって可愛がるだ。
 少姐《ねえさん》の袖に縋《すが》りゃ、抱えられてる妓衆《こどもしゅう》の証文も、その場で煙《けむ》になりかねない勢《いきおい》だけれど、そこが方便、内に居るお勝なんざ、よく知ってていうけれど、女郎衆なんという者は、ハテ凡人にゃあ分らねえわ。お若さんの容色《きりょう》が佳《い》いから天窓《あたま》を下げるのが口惜《くやし》いとよ。
 私《あっし》あ鐚一文《びたいちもん》世話になったんじゃあねえけれど、そんなこんなでお前《めえ》、その少姐《ねえさん》が大の贔屓《ひいき》。
 どうだい、こう聞きゃあお前《めえ》だって贔屓にしざあなるめえ。死んだ田之助そッくりだあな。」

       八

「ところで御註文を格別の扱《あつかい》だ。今日だけは他《ほか》の剃刀を研がねえからね、仕事と謂《い》や、内じゃあ商売人のものばかりというもんだに因って、一番不浄|除《よけ》の別火《べつび》にして、お若さんのを研ごうと思って。
 うっかりしていたが、一挺来ていたというもんだ、いつでもこうさ。
 一体十九日の紛失一件は、どうも廓《くるわ》にこだわってるに違《ちげ》えねえ。祟《たた》るのは妓衆《こどもし》なんだからね、少姐《ねえさん》なんざ、遊女《おいらん》じゃあなし、しかも廓内《くるわうち》に居るんじゃあねえから構うめえと思ってよ。
 まあ何にしろ変な訳さ。今に見ねえ、今日もきっと誰方《どなた》か取りにござる。いや作平さん、狐千年を経《ふ》れば怪をなす、私《わっし》が剃刀研《かみそりとぎ》なんざ、商売往来にも目立たねえ古物《こぶつ》だからね、こんな場所がらじゃアあるし、魔がさすと見えます。
 そういやあ作平さん、お前さんの鏡研《かがみとぎ》も時代なものさ、お互《たげえ》に久しいものだが、どうだ、御無事かね。二階から白井権八の顔でもうつりませんかい。」
 その箱と盥《たらい》とを荷《にな》った、痩《やせ》さらぼいたる作平は、蓋《けだ》し江戸市中|世渡《よわたり》ぐさに俤《おもかげ》を残した、鏡を研いで活業《なりわい》とする爺《じじい》であった。
 淋しげに頷《うなず》いて、
「ところがもし御同
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