、それが無念を引きしめて、一層青味を帯びたのに驚いた――思いしことよ。……悪魔は、お誓の身にかかわりがないのでない。
「……わけを言います、小県さん、……言いますが、恥かしいのと、口惜《くやし》いのとで、息が詰って、声も出なくなりましたら、こんな、私のような、こんな身体《からだ》に、手をお掛けになるまでもありません。この柄杓の柄を、ただお離しなすって下さい。そのままのめって、人間の青い苔《こけ》……」
「いや、こうして、あなたと半分持った、柄杓の柄は離しません。」
「あの、そのお優しいお心でしたら、きつけの水を下さいまし……私は、貴方《あなた》を……おきれいだ、と申しましたわね、ねえ。」
「忘れました、そういう串戯《じょうだん》をきいていたくはないのです。」
「いえ、串戯ではないのですが。いま、あの、私は、あの薙刀で、このお腹《なか》を引破って、肝《きも》も臓腑も……」
 その水色に花野の帯が、蔀下《しとみした》の敷居に乱れて、お誓の背とともに、むこうに震えているのが見える。榎の梢がざわざわと鳴り、風が颯《さっ》と通った。
「――そこへ、貴方のお姿が、すっと雲からおさがりなすったように……」
「何、私なら落ちたんでしょう。」
「そして、石段の上口《あがりくち》に見えました。まるで誰も来ないのを知って、こちらへ参っているのですし、土地の巧者な、お爺さんに頼みまして、この二三日、来る人も留めてもらうように用意をしていましたんですもの! 思いもよらない、参詣の、それが貴方。格子から熟《じっ》と覗《のぞ》いていますと、この水へ、影もうつりそうな、小県さんなんですもの、貴方なんですもの。」
 その爺さんにも逢っている。銑吉は幾度《いくたび》も独りうなずいた。
「こんな、こんな処、奥州の山の上で。」
「御同様です。」
「その拝殿を、一旦《いったん》むこうの隅へ急いで遁《に》げました。正面に奥の院へ通います階段と石段と。……間は、樹も草も蓬々《ぼうぼう》と茂っています。その階段の下へかくれて、またよく見ました。寸分お違いなさらない、東京の小県さん――おきれいなのがなおあやしい、怪しいどころか可恐《こわ》いんです。――ばけものが来た、ばけて来た、畜生、また、来た。ばけものだ!……と思ったんです。」
「…………」
「その怪《ばけ》ものに、口惜《くやし》い、口惜い、口惜い目に逢わされて
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