、しかし……と、そんな事を思って、早や壁も天井も雪の空のようになった停車場《ステエション》に、しばらく考えていましたが、余り不躾《ぶしつけ》だと己《おのれ》を制して、やっぱり一旦は宿に着く事にしましたのです。ですから、同列車の乗客の中《うち》で、停車場《ステエション》を離れましたのは、多分私が一番あとだったろうと思います。
大雪です。
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「雪やこんこ、
霰《あられ》やこんこ。」
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大雪です――が、停車場《ステエション》前の茶店では、まだ小児たちの、そんな声が聞えていました。その時分は、山の根笹を吹くように、風もさらさらと鳴りましたっけ。町へ入るまでに日もとっぷりと暮果てますと、
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「爺《じい》さイのウ婆《ばば》さイのウ、
綿雪小雪が降るわいのウ、
雨炉も小窓もしめさっし。」
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と寂しい侘《わび》しい唄の声――雪も、小児《こども》が爺婆《じいばあ》に化けました。――風も次第に、ごうごうと樹ながら山を揺《ゆす》りました。
店屋さえもう戸が閉《しま》る。……旅籠屋も門を閉《とざ》しました。
家名《いえな》も何も構わず、いまそこも閉めようとする一軒の旅籠屋へ駈込《かけこ》みましたのですから、場所は町の目貫《めぬき》の向《むき》へは遠いけれど、鎮守の方へは近かったのです。
座敷は二階で、だだっ広い、人気の少ないさみしい家で、夕餉《ゆうげ》もさびしゅうございました。
若狭鰈《わかさがれい》――大すきですが、それが附木《つけぎ》のように凍っています――白子魚乾《しらすぼし》、切干大根《きりぼしだいこん》の酢、椀はまた白子魚乾に、とろろ昆布の吸もの――しかし、何となく可懐《なつかし》くって涙ぐまるるようでした、なぜですか。……
酒も呼んだが酔いません。むかしの事を考えると、病苦を救われたお米さんに対して、生意気らしく恥かしい。
両手を炬燵《こたつ》にさして、俯向《うつむ》いていました、濡れるように涙が出ます。
さっという吹雪であります。さっと吹くあとを、ごうーと鳴る。……次第に家ごと揺《ゆす》るほどになりましたのに、何という寂寞《さびしさ》だか、あの、ひっそりと障子の鳴る音。カタカタカタ、白い魔が忍んで来る、雪入道が透見《すきみ》する。カタカタカタカタ、さーッ、さー
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