るように消えました。
と思うと、忽然《こつねん》として、顕れて、むくと躍って、卓子《テエブル》の真中《まんなか》へ高く乗った。雪を払えば咽喉《のど》白くして、茶の斑《まだら》なる、畑《はた》将軍のさながら犬獅子《けんじし》……
ウオオオオ!
肩を聳《そばだ》て、前脚をスクと立てて、耳がその円天井《まるてんじょう》へ届くかとして、嚇《かっ》と大口を開けて、まがみは遠く黒板に呼吸《いき》を吐いた――
黒板は一面|真白《まっしろ》な雪に変りました。
この猛犬は、――土地ではまだ、深山《みやま》にかくれて活《い》きている事を信ぜられています――雪中行軍に擬して、中の河内《かわち》を柳ヶ瀬へ抜けようとした冒険に、教授が二人、某《それの》中学生が十五人、無慙《むざん》にも凍死をしたのでした。――七年|前《ぜん》――
雪難之碑はその記念だそうであります。
――その時、かねて校庭に養われて、嚮導《きょうどう》に立った犬の、恥じて自ら殺したとも言い、しからずと言うのが――ここに顕れたのでありました。
一行が遭難の日は、学校に例として、食饌《しょくせん》を備えるそうです。ちょうどその夜《よ》に当ったのです。が、同じ月、同じ夜《よ》のその命日は、月が晴れても、附近の町は、宵から戸を閉じるそうです、真白《まっしろ》な十七人が縦横に町を通るからだと言います――後でこれを聞きました。
私は眠るように、学校の廊下に倒れていました。
翌早朝、小使部屋の炉《いろり》の焚火に救われて蘇生《よみがえ》ったのであります。が、いずれにも、しかも、中にも恐縮をしましたのは、汽車の厄に逢った一|人《にん》として、駅員、殊に駅長さんの御立会《おたちあい》になった事でありました。
[#地から1字上げ]大正十(一九二一)年四月
底本:「泉鏡花集成7」ちくま文庫、筑摩書房
1995(平成7)年12月4日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第二十一卷」岩波書店
1941(昭和16)年9月30日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:門田裕志
校正:土屋隆
2005年11月1日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入
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