のです――夢のようです。……あの老尼は、お米さんの守護神《まもりがみ》――はてな、老人は、――知事の怨霊《おんりょう》ではなかったか。
 そんな事まで思いました。
 円髷《まるまげ》[#ルビの「まるまげ」は底本では「まるはげ」]に結って、筒袖《こいぐち》を着た人を、しかし、その二人はかえって、お米さんを秘密の霞に包みました。
 三十路《みそじ》を越えても、窶《やつ》れても、今もその美しさ。片田舎の虎杖になぞ世にある人とは思われません。
 ために、音信《おとずれ》を怠りました。夢に所がきをするようですから。……とは言え、一つは、日に増し、不思議に色の濃くなる炉の右左の人を憚《はばか》ったのであります。
 音信して、恩人に礼をいたすのに仔細《しさい》はない筈《はず》。けれども、下世話にさえ言います。慈悲すれば、何とかする。……で、恩人という、その恩に乗じ、情《なさけ》に附入るような、賤《いや》しい、浅ましい、卑劣な、下司《げす》な、無礼な思いが、どうしても心を離れないものですから、ひとり、自ら憚られたのでありました。
 私は今、そこへ――

       五

「ああ、あすこが鎮守だ――」
 吹雪の中の、雪道に、白く続いたその宮を、さながら峰に築いたように、高く朦朧《もうろう》と仰ぎました。
「さあ、一息。」
 が、その息が吐《つ》けません。
 真俯向《まうつむ》けに行く重い風の中を、背後《うしろ》からスッと軽く襲って、裾《すそ》、頭《かしら》をどッと可恐《おそろし》いものが引包むと思うと、ハッとひき息になる時、さっと抜けて、目の前へ真白《まっしろ》な大《おおき》な輪の影が顕《あらわ》れます。とくるくると廻るのです。廻りながら輪を巻いて、巻き巻き巻込めると見ると、たちまち凄《すさま》じい渦になって、ひゅうと鳴りながら、舞上って飛んで行《ゆ》く。……行くと否や、続いて背後《うしろ》から巻いて来ます。それが次第に激しくなって、六ツ四ツ数えて七ツ八ツ、身体《からだ》の前後に列を作って、巻いては飛び、巻いては飛びます。巌《いわ》にも山にも砕けないで、皆北海の荒波の上へ馳《はし》るのです。――もうこの渦がこんなに捲《ま》くようになりましては堪えられません。この渦の湧立《わきた》つ処は、その跡が穴になって、そこから雪の柱、雪の人、雪女、雪坊主、怪しい形がぼッと立ちます。立って倒れる
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