》、其處《そこ》へ――
五
「あゝ、彼處《あすこ》が鎭守《ちんじゆ》だ――」
吹雪《ふゞき》の中《なか》の、雪道《ゆきみち》に、白《しろ》く續《つゞ》いた其《そ》の宮《みや》を、さながら峰《みね》に築《きづ》いたやうに、高《たか》く朦朧《もうろう》と仰《あふ》ぎました。
「さあ、一息《ひといき》。」
が、其《そ》の息《いき》が吐《つ》けません。
眞俯向《まうつむ》けに行《ゆ》く重《おも》い風《かぜ》の中《なか》を、背後《うしろ》からスツと輕《かる》く襲《おそ》つて、裾《すそ》、頭《かしら》をどツと可恐《おそろし》いものが引包《ひきつゝ》むと思《おも》ふと、ハツとひき息《いき》に成《な》る時《とき》、さつと拔《ぬ》けて、目《め》の前《まへ》へ眞白《まつしろ》な大《おほき》な輪《わ》の影《かげ》が顯《あらは》れます。とくる/\と※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]《まは》るのです。※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]《まは》りながら輪《わ》を卷《ま》いて、卷《ま》き/\卷込《まきこ》めると見《み》ると、忽《たちま》ち凄《すさま》じい渦《うづ》に成《な》つて、ひゆうと鳴《な》りながら、舞上《まひあが》つて飛《と》んで行《ゆ》く。……行《ゆ》くと否《いな》や、續《つゞ》いて背後《うしろ》から卷《ま》いて來《き》ます。それが次第《しだい》に激《はげ》しく成《な》つて、六《む》ツ四《よ》ツ數《かぞ》へて七《なゝ》ツ八《や》ツ、身體《からだ》の前後《ぜんご》に列《れつ》を作《つく》つて、卷《ま》いては飛《と》び、卷《ま》いては飛《と》びます。巖《いは》にも山《やま》にも碎《くだ》けないで、皆《みな》北海《ほくかい》の荒波《あらなみ》の上《うへ》へ馳《はし》るのです。――最《も》う此《こ》の渦《うづ》がこんなに捲《ま》くやうに成《な》りましては堪《た》へられません。此《こ》の渦《うづ》の湧立《わきた》つ處《ところ》は、其《そ》の跡《あと》が穴《あな》に成《な》つて、其處《そこ》から雪《ゆき》の柱《はしら》、雪《ゆき》の人《ひと》、雪女《ゆきをんな》、雪坊主《ゆきばうず》、怪《あや》しい形《かたち》がぼツと立《た》ちます。立《た》つて倒《たふ》れるのが、其《その》まゝ雪《ゆき》の丘《をか》のやうに成《な》る……其《それ》が、右《みぎ》に成《な》り、左《ひだり》に成《な》り、横《よこ》に積《つも》り、縱《たて》に敷《し》きます。其《そ》の行《ゆ》く處《ところ》、飛《と》ぶ處《ところ》へ、人《ひと》のからだを持《も》つて行《い》つて、仰向《あをむ》けにも、俯向《うつむか》せにもたゝきつけるのです。
――雪難之碑《せつなんのひ》。――峰《みね》の尖《とが》つたやうな、其處《そこ》の大木《たいぼく》の杉《すぎ》の梢《こずゑ》を、睫毛《まつげ》にのせて倒《たふ》れました。私《わたし》は雪《ゆき》に埋《うも》れて行《ゆ》く………身動《みうご》きも出來《でき》ません。くひしばつても、閉《と》ぢても、目口《めくち》に浸《し》む粉雪《こゆき》を、しかし紫陽花《あぢさゐ》の青《あを》い花片《はなびら》を吸《す》ふやうに思《おも》ひました。
――「菖蒲《あやめ》が咲《さ》きます。」――
螢《ほたる》が飛《と》ぶ。
私《わたし》はお米《よね》さんの、清《きよ》く暖《あたゝか》き膚《はだ》を思《おも》ひながら、雪《ゆき》にむせんで叫《さけ》びました。
「魔《ま》が妨《さまた》げる、天狗《てんぐ》の業《わざ》だ――あの、尼《あま》さんか、怪《あや》しい隱士《いんし》か。」
底本:「鏡花全集 卷二十一」岩波書店
1941(昭和16)年9月30日第1刷発行
1975(昭和50)年7月2日第2刷発行
入力:土屋隆
校正:門田裕志
2005年11月1日作成
青空文庫作成ファイル:
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