、左《ひだり》に成《な》り、横《よこ》に積《つも》り、縱《たて》に敷《し》きます。其《そ》の行《ゆ》く處《ところ》、飛《と》ぶ處《ところ》へ、人《ひと》のからだを持《も》つて行《い》つて、仰向《あをむ》けにも、俯向《うつむか》せにもたゝきつけるのです。
 ――雪難之碑《せつなんのひ》。――峰《みね》の尖《とが》つたやうな、其處《そこ》の大木《たいぼく》の杉《すぎ》の梢《こずゑ》を、睫毛《まつげ》にのせて倒《たふ》れました。私《わたし》は雪《ゆき》に埋《うも》れて行《ゆ》く………身動《みうご》きも出來《でき》ません。くひしばつても、閉《と》ぢても、目口《めくち》に浸《し》む粉雪《こゆき》を、しかし紫陽花《あぢさゐ》の青《あを》い花片《はなびら》を吸《す》ふやうに思《おも》ひました。
 ――「菖蒲《あやめ》が咲《さ》きます。」――
 螢《ほたる》が飛《と》ぶ。
 私《わたし》はお米《よね》さんの、清《きよ》く暖《あたゝか》き膚《はだ》を思《おも》ひながら、雪《ゆき》にむせんで叫《さけ》びました。
「魔《ま》が妨《さまた》げる、天狗《てんぐ》の業《わざ》だ――あの、尼《あま》さんか、怪《あや》しい隱士《いんし》か。」



底本:「鏡花全集 卷二十一」岩波書店
   1941(昭和16)年9月30日第1刷発行
   1975(昭和50)年7月2日第2刷発行
入力:土屋隆
校正:門田裕志
2005年11月1日作成
青空文庫作成ファイル:
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