》らるる。石畳《いしだたみ》で穿下《ほりおろ》した合目《あわせめ》には、このあたりに産する何とかいう蟹《かに》、甲良《こうら》が黄色で、足の赤い、小さなのが数《かず》限《かぎり》なく群《むらが》って動いて居る。毎朝この水で顔を洗う、一杯頭から浴びようとしたけれども、あんな蟹は、夜中に何をするか分らぬと思ってやめた。
門を出ると、右左、二畝《ふたうね》ばかり慰みに植えた青田《あおた》があって、向う正面の畦中《あぜなか》に、琴弾松《ことひきまつ》というのがある。一昨日《おとつい》の晩《ばん》宵《よい》の口に、その松のうらおもてに、ちらちら灯《ともしび》が見《み》えたのを、海浜《かいひん》の別荘で花火を焚《た》くのだといい、否《いや》、狐火《きつねび》だともいった。その時《とき》は濡《ぬ》れたような真黒な暗夜《やみよ》だったから、その灯《ひ》で松の葉もすらすらと透通《すきとお》るように青く見えたが、今《いま》は、恰《あたか》も曇った一面の銀泥《ぎんでい》に描いた墨絵のようだと、熟《じっ》と見ながら、敷石《しきいし》を蹈《ふ》んだが、カラリカラリと日和下駄《ひよりげた》の音の冴《さ》えるのが
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