、果のない蒼海《あおうみ》の浪に、あわれ果敢《はかな》い、弱い、力のない、身体|単個《ひとつ》弄《もてあそ》ばれて、刎返《はねかえ》されて居るのだ、と心着《こころづ》いて悚然《ぞっ》とした。
 時に大浪が、一《ひと》あて推寄《おしよ》せたのに足を打たれて、気も上《うわ》ずって蹌踉《よろ》けかかった。手が、砂地に引上《ひきあ》げてある難破船の、纔《わず》かにその形を留《とど》めて居る、三十|石積《こくづみ》と見覚えのある、その舷《ふなばた》にかかって、五寸釘をヒヤヒヤと掴《つか》んで、また身震《みぶるい》をした。下駄はさっきから砂地を駆《か》ける内に、いつの間にか脱いでしまって、跣足《はだし》である。
 何故《なぜ》かは知らぬが、この船にでも乗って助かろうと、片手を舷に添えて、あわただしく擦上《すりあが》ろうとする、足が砂を離れて空《くう》にかかり、胸が前屈《まえかが》みになって、がっくり俯向《うつむ》いた目に、船底に銀のような水が溜《たま》って居るのを見た。
 思わずあッといって失望した時、轟々《ごうごう》轟《ごう》という波の音。山を覆《くつがえ》したように大畝《おおうねり》が来たとば
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