豆粉《きなこ》をまぶした餅である。
 賤機山《しずはたやま》、浅間《せんげん》を吹降《ふきおろ》す風の強い、寒い日で。寂しい屋敷町を抜けたり、大川《おおかわ》の堤防《どて》を伝ったりして阿部川の橋の袂《たもと》へ出て、俥《くるま》は一軒の餅屋へ入った。
 色白で、赤い半襟《はんえり》をした、人柄《ひとがら》な島田《しまだ》の娘が唯《ただ》一人で店にいた。
 ――これが、名代《なだい》の阿部川だね、一盆おくれ。――
 と精々|喜多八《きだはち》の気分を漾《ただよ》わせて、突出《つきだ》し店の硝子戸《がらすど》の中に飾った、五つばかり装ってある朱の盆へ、突如《いきなり》立って手を掛けると、娘が、まあ、と言った。
 ――あら、看板ですわ――
 いや、正《しょう》のものの膝栗毛《ひざくりげ》で、聊《いささ》か気分なるものを漾《ただよ》わせ過ぎた形がある。が、此処《ここ》で早速|頬張《ほおば》って、吸子《きびしょ》の手酌《てじゃく》で飲《や》った処《ところ》は、我ながら頼母《たのも》しい。
 ふと小用場《こようば》を借りたくなった。
 中戸《なかど》を開けて、土間をずッと奥へ、という娘《ねえ》さ
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