ばかり、枝もたわゝなるをゆら/\と引かつぎし、此の風采、其の顔色、御存じの方々は嘸ぞ苦々しく候べく、知らぬ人には異《おつ》なるべく候。
 さきにはむすびて手を洗ひし、青薄茂きが中の、山の井の水を汲みて、釣瓶を百合の葉にそゝぎ、これせめてものぬれ事師。

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山の井に棹さす百合の雫かな
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 やがて下山いたし候へば、麓の流に棲むものの、露も水も珍しからぬを、花の雫をなつかしむや、沢蟹さら/\と芦を分けて、三つ四つならず道ばたに出迎へ候。愚弟は萩の細杖に、其の百合の花持添へて、風情なる哉、さゝがにのと、狩衣めかし候を、此方はさすがに年上なれば、蟹|的《こう》め、ならぶるなと、藁草履踏みしだいて、叱々とゆふぐれ時、イヤ我ながら馬士《うまかた》めいたり。
 蛍にはまだ暮れ果てず、立帰り候が、いかに逗子の風の、そよとも御あたりにかよひ候はば、お昼寝におつかひ下され度候。



底本:「日本随筆紀行第五巻 関東 風吹き騒ぐ平原で」作品社
   1987(昭和62)年10月10日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第二十八巻」岩波書店
   1942(昭和17)年11月30日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:門田裕志
校正:林幸雄
2003年11月12日作成
青空文庫作成ファイル:
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