きり》に囀《さえず》っている鳥の音《ね》こそ、何か話をするように聞こうけれども、人の声を耳にして、それが自分を呼ぶのだとは、急に心付《こころづ》きそうもない、恍惚《うっとり》とした形であった。
こっちもこっちで、かくたちどころに返答されると思ったら、声を懸《か》けるのじゃなかったかも知れぬ。
何為《なぜ》なら、さて更《あらた》めて言うことが些《ち》と取《と》り留《と》めのない次第なので。本来ならこの散策子《さんさくし》が、そのぶらぶら歩行《あるき》の手すさびに、近頃|買求《かいもと》めた安直《あんちょく》な杖《ステッキ》を、真直《まっすぐ》に路《みち》に立てて、鎌倉《かまくら》の方へ倒れたら爺《じい》を呼ぼう、逗子《ずし》の方へ寝たら黙って置こう、とそれでも事は済《す》んだのである。
多分《たぶん》は聞えまい、聞えなければ、そのまま通り過ぎる分《ぶん》。余計な世話だけれども、黙《だまり》きりも些《ちっ》と気になった処《ところ》。響《ひびき》の応ずるが如きその、(はあ、私《わし》けえ)には、聊《いささ》か不意を打たれた仕誼《しぎ》。
「ああ、お爺さん。」
と低い四目垣《よつめがき
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