いて、小獅子の姿は伊豆《いず》の岬に、ちょと小さな点になった。
浜にいるのが胡坐《あぐら》かいたと思うと、テン、テン、テンテンツツテンテンテン波に丁《ちょう》と打込《うちこ》む太鼓、油のような海面《うなづら》へ、綾《あや》を流して、響くと同時に、水の中に立ったのが、一曲、頭《かしら》を倒《さかさま》に。
これに眩《めくる》めいたものであろう、※[#「口+阿」、第4水準2−4−5]呀《あな》忌《いま》わし、よみじの(ことづけ)を籠《こ》めたる獅子を、と見る内に、幼児《おさなご》は見えなくなった。
まだ浮ばぬ。
太鼓が止《や》んで、浜なるは棒立ちになった。
砂山を慌《あわただ》しく一文字に駈けて、こなたが近《ちかづ》いた時、どうしたのか、脱ぎ捨てた袴《はかま》、着物、脚絆《きゃはん》、海草の乾《から》びた状《さま》の、あらゆる記念《かたみ》と一緒に、太鼓も泥草鞋《どろわらじ》も一《ひと》まとめに引《ひっ》かかえて、大きな渠《かれ》は、砂煙《すなけむり》を上げて町の方《かた》へ一散《いっさん》に遁《に》げたのである。
浪《なみ》はのたりと打つ。
ハヤ二、三人駈けて来たが、いずれも高声《たかごえ》の大笑い、
「馬鹿な奴だ。」
「馬鹿野郎。」
ポクポクと来た巡査に、散策子が、縋《すが》りつくようにして、一言《ひとこと》いうと、
「角兵衛が、ははは、そうじゃそうで。」
死骸《しがい》はその日|終日《ひねもす》見当らなかったが、翌日しらしらあけの引潮《ひきしお》に、去年の夏、庵室《あんじつ》の客が溺れたとおなじ鳴鶴《なきつる》ヶ|岬《さき》の岩に上《あが》った時は二人であった。顔が玉《たま》のような乳房《ちぶさ》にくッついて、緋母衣《ひほろ》がびっしょり、その雪の腕《かいな》にからんで、一人は美《び》にして艶《えん》であった。玉脇の妻は霊魂《れいこん》の行方《ゆくえ》が分ったのであろう。
さらば、といって、土手の下で、分れ際《ぎわ》に、やや遠ざかって、見返った時――その紫の深張《ふかばり》を帯のあたりで横にして、少し打傾《うちかたむ》いて、黒髪《くろかみ》の頭《かしら》おもげに見送っていた姿を忘れぬ。どんなに潮《うしお》に乱れたろう。渚《なぎさ》の砂は、崩しても、積る、くぼめば、たまる、音もせぬ。ただ美しい骨が出る。貝の色は、日の紅《くれない》、渚の雪、浪《な
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