しょう。連獅子《れんじし》のあとを追って、というのをしおに、まだ我儘《わがまま》が言い足りず、話相手の欲しかったらしい美女《びじょ》に辞して、袂《たもと》を分ったが、獅子の飛ぶのに足の続くわけはない。
 一先《ひとま》ず帰宅して寝転ぼうと思ったのであるが、久能谷《くのや》を離れて街道を見ると、人の瀬を造って、停車場《ステイション》へ押懸《おしか》ける夥《おびただ》しさ。中にはもう此処等《ここいら》から仮声《こわいろ》をつかって行《ゆ》く壮佼《わかもの》がある、浅黄《あさぎ》の襦袢《じゅばん》を膚脱《はだぬい》で行《ゆ》く女房がある、その演劇《しばい》の恐しさ。大江山《おおえやま》の段か何か知らず、とても町へは寄附《よりつ》かれたものではない。
 で、路と一緒に、人通《ひとどおり》の横を切って、田圃《たんぼ》を抜けて来たのである。
 正面にくぎり正しい、雪白《せっぱく》な霞《かすみ》を召した山の女王《にょおう》のましますばかり。見渡す限り海の色。浜に引上げた船や、畚《びく》や、馬秣《まぐさ》のように散《ちら》ばったかじめの如き、いずれも海に対して、我《われ》は顔《がお》をするのではないから、固《もと》より馴れた目を遮《さえぎ》りはせぬ。
 かつ人《ひと》一人《ひとり》いなければ、真昼の様な月夜とも想われよう。長閑《のどか》さはしかし野にも山にも増《まさ》って、あらゆる白砂《はくさ》の俤《おもかげ》は、暖《あたたか》い霧に似ている。
 鳩は蒼空《あおぞら》を舞うのである。ゆったりした浪《なみ》にも誘《さそ》われず、風にも乗らず、同一処《おなじところ》を――その友は館《やかた》の中に、ことことと塒《ねぐら》を踏んで、くくと啼《な》く。
 人はこういう処《ところ》に、こうしていても、胸の雲霧《くもきり》の霽《は》れぬ事は、寐《ね》られぬ衾《ふすま》と相違《そうい》はない。
 徒《いたず》らに砂を握れば、くぼみもせず、高くもならず、他愛《たわい》なくほろほろと崩れると、また傍《かたわら》からもり添える。水を掴《つか》むようなもので、捜《さぐ》ればはらはらとただ貝が出る。
 渚《なぎさ》には敷満《しきみ》ちたが、何んにも見えない処でも、纔《わずか》に砂を分ければ貝がある。まだこの他に、何が住んでいようも知れぬ。手の届く近い処がそうである。
 水の底を捜したら、渠《かれ》がために
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