み》のように、どっと一時《いっとき》に吹出しましたに因って存じておりまする。」と源助の言《ことば》つき、あたかも口上。何か、恐入っている体《てい》がある。
「夜があけると、この砂煙《すなけぶり》。でも人間、雲霧を払った気持だ。そして、赤合羽の坊主の形もちらつかぬ。やがて忘れてな、八時、九時、十時と何事もなく課業を済まして、この十一時が読本《とくほん》の課目なんだ。
 な、源助。
 授業に掛《かか》って、読出した処が、怪訝《おかし》い。消火器の説明がしてある、火事に対する種々《いろいろ》の設備のな。しかしもうそれさえ気にならずに業をはじめて、ものの十分も経《た》ったと思うと、入口の扉を開けて、ふらりと、あの児《こ》が入って来たんだ。」
「へい、嬢ちゃん坊ちゃんが。」
「そう。宮浜がな。おや、と思った。あの児は、それ、墨の中に雪だから一番目に着く。……朝、一二時間ともちゃんと席に着いて授業を受けたんだ。――この硝子窓《がらすまど》の並びの、運動場のやっぱり窓際に席があって、……もっとも二人並んだ内側の方だが。さっぱり気が着かずにいた。……成程、その席が一ツ穴になっている。
 また、箸《はし》の倒れた事でも、沸返《にえかえ》って騒立つ連中が、一人それまで居なかったのを、誰もいッつけ口をしなかったも怪《あやし》いよ。
 ふらりと廊下から、時ならない授業中に入って来たので、さすがに、わっと動揺《どよ》めいたが、その音も戸外《おもて》の風に吹攫《ふきさら》われて、どっと遠くへ、山へ打《ぶ》つかるように持って行《ゆ》かれる。口や目ばかり、ばらばらと、動いて、騒いで、小児等《こどもら》の声は幽《かすか》に響いた。……」

       六

「私《わし》も不意だから、変に気を抜かれたようになって、とぼんと、あの可愛らしい綺麗な児《こ》を見たよ。
 密《そっ》と椅子の傍《そば》へ来て、愛嬌《あいきょう》づいた莞爾《にっこり》した顔をして、
(先生、姉さんが。)
 と云う。――姉さんが来て、今日は火が燃える、大火事があって危ないから、早仕舞《はやじまい》にしてお帰りなさい。先生にそうお願いして、と言いますから……家《うち》へ帰らして下さい、と云うんです。含羞《はにか》む児だから、小さな声して。
 風はこれだ。
 聞えないで僥倖《さいわい》。ちょっとでも生徒の耳に入ろうものなら、壁を打抜
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