静まり返って、さっさっさっと動く、熊笹がざわつくばかりだ。
夢だろう、夢でなくって。夢だと思って、源助、まあ、聞け。……実は夢じゃないんだが、現在見たと云ってもほんとにはしまい。」
源助はこれを聞くと、いよいよ渋って、頤《あご》の毛をすくすくと立てた。
「はあ。」
と息を内へ引きながら、
「随分、ほんとうにいたします。場所がらでござりまするで。雑所様、なかなか源助は疑いませぬ。」
「疑わん、ほんとに思う。そこでだ、源助、ついでにもう一ツほんとにしてもらいたい事がある。
そこへな、背後《うしろ》の、暗い路をすっと来て、私に、ト並んだと思う内に、大跨《おおまた》に前へ抜越《ぬけこ》したものがある。……
山遊びの時分には、女も駕籠《かご》も通る。狭くはないから、肩摺《かたず》れるほどではないが、まざまざと足が並んで、はっと不意に、こっちが立停《たちど》まる処を、抜けた。
下闇《したやみ》ながら――こっちももう、僅《わず》かの処だけれど、赤い猿が夥《おびただ》しいので、人恋しい。
で透かして見ると、判然《はっきり》とよく分った。
それも夢かな、源助、暗いのに。――
裸体《はだか》に赤合羽《あかがっぱ》を着た、大きな坊主だ。」
「へい。」と源助は声を詰めた。
「真黒《まっくろ》な円い天窓《あたま》を露出《むきだし》でな、耳元を離した処へ、その赤合羽の袖を鯱子張《しゃちこば》らせる形に、大《おおき》な肱《ひじ》を、ト鍵形《かぎなり》に曲げて、柄の短い赤い旗を飜々《ひらひら》と見せて、しゃんと構えて、ずんずん通る。……
旗《はた》は真赤《まっか》に宙を煽《あお》つ。
まさかとは思う……ことにその言った通り人恋しい折からなり、対手《あいて》の僧形《そうぎょう》にも何分《なにぶん》か気が許されて、
(御坊、御坊。)
と二声ほど背後《うしろ》で呼んだ。」
五
「物凄《ものすご》さも前《さき》に立つ。さあ、呼んだつもりの自分の声が、口へ出たか出んか分らないが、一も二もない、呼んだと思うと振向いた。
顔は覚えぬが、頤《あご》も額も赤いように思った。
(どちらへ?)
と直ぐに聞いた。
ト竹を破《わ》るような声で、
(城下を焼きに参るのじゃ。)と言う。ぬいと出て脚許《あしもと》へ、五つ六つの猿が届いた。赤い雲を捲《ま》いたようにな、源助。」
「…
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