ひ行《ゆ》く幼《をさな》き者《もの》の唱歌《しやうか》なり。
 草《くさ》を摘《つ》みつつ歌《うた》ふを聞《き》けば、
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拾乎《ひらを》、拾乎《ひらを》、豆《まめ》拾乎《ひらを》、
  鬼《おに》の來《こ》ぬ間《ま》に豆《まめ》拾乎《ひらを》。
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 古老《こらう》は眉《まゆ》を顰《ひそ》め、壯者《さうしや》は腕《うで》を扼《やく》し、嗚呼《あゝ》、兒等《こら》不祥《ふしやう》なり。輟《や》めよ、輟《や》めよ、何《なん》ぞ君《きみ》が代《よ》を細石《さゞれいし》に壽《ことぶ》かざる!
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などと小言《こごと》をおつしやるけれど、拾《ひろ》はにやならぬ、いんまの間《ま》。
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 斯《か》くの如《ごと》く言消《いひけ》して更《さら》に又《また》、
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拾乎《ひらを》、拾乎《ひらを》、豆《まめ》拾乎《ひらを》、
     鬼《おに》の來《こ》ぬ間《ま》に豆《まめ》拾乎《ひらを》。
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 と唱《とな》へ出《いだ》す節《ふし》は泣《な》くがごとく、怨《うら》むがごとく、いつも(應《おう》)の來《きた》りて市街《しがい》を横行《わうかう》するに從《したが》うて、件《くだん》の童謠《どうえう》東西《とうざい》に湧《わ》き、南北《なんぼく》に和《わ》し、言語《ごんご》に斷《た》えたる不快《ふくわい》嫌惡《けんを》の情《じやう》を喚起《よびおこ》して、市人《いちびと》の耳《みゝ》を掩《おほ》はざるなし。
 童謠《どうえう》は(應《おう》)が始《はじ》めて來《きた》りし稍《やゝ》以前《いぜん》より、何處《いづこ》より傳《つた》へたりとも知《し》らず流行《りうかう》せるものにして、爾來《じらい》父母※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、112−8]兄《ふぼしけい》が誑《だま》しつ、賺《すか》しつ制《せい》すれども、頑《ぐわん》として少《すこ》しも肯《き》かざりき。
 都人士《とじんし》もし此事《このこと》を疑《うたが》はば、請《こ》ふ直《たゞ》ちに來《きた》れ。上野《うへの》の汽車《きしや》最後《さいご》の停車場《ステエシヨン》に達《たつ》すれば、碓氷峠《うすひたうげ》の馬車《ばしや》に搖《ゆ》られ、再《ふたゝ》び汽車《きしや》にて直江津《なほえつ》に達《たつ》し、海路《かいろ》一文字《いちもんじ》に伏木《ふしき》に至《いた》れば、腕車《わんしや》十|錢《せん》富山《とやま》に赴《おもむ》き、四十物町《あへものちやう》を通《とほ》り拔《ぬ》けて、町盡《まちはづれ》の杜《もり》を潛《くゞ》らば、洋々《やう/\》たる大河《たいが》と共《とも》に漠々《ばく/\》たる原野《げんや》を見《み》む。其處《そこ》に長髮《ちやうはつ》敝衣《へいい》の怪物《くわいぶつ》を見《み》とめなば、寸時《すんじ》も早《はや》く踵《くびす》を囘《かへ》されよ。もし幸《さいはひ》に市民《しみん》に逢《あ》はば、進《すゝ》んで低聲《ていせい》に(應《おう》)は?と聞《き》け、彼《かれ》の變《へん》ずる顏色《がんしよく》は口《くち》より先《さき》に答《こたへ》をなさむ。
 無意《むい》無心《むしん》なる幼童《えうどう》は天使《てんし》なりとかや。げにもさきに童謠《どうえう》ありてより(應《おう》)の來《きた》るに一月《ひとつき》を措《お》かざりし。然《しか》るに今《いま》は此歌《このうた》稀々《まれ/\》になりて、更《さら》にまた奇異《きい》なる謠《うた》は、
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屋敷田畝《やしきたんぼ》に光《ひか》る物《もの》ア何《なん》ぢや、
  蟲《むし》か、螢《ほたる》か、螢《ほたる》の蟲《むし》か、
 蟲《むし》でないのぢや、目《め》の玉《たま》ぢや。
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 頃日《けいじつ》至《いた》る處《ところ》の辻《つじ》にこの聲《こゑ》を聞《き》かざるなし。
 目《め》の玉《たま》、目《め》の玉《たま》! 赫奕《かくやく》たる此《こ》の明星《みやうじやう》の持主《もちぬし》なる、(應《おう》)の巨魁《きよくわい》が出現《しゆつげん》の機《き》熟《じゆく》して、天公《てんこう》其《そ》の使者《ししや》の口《くち》を藉《か》りて、豫《あらかじ》め引《いん》をなすものならむか。



底本:「鏡花全集 巻四」岩波書店
   1941(昭和16)年3月15日第1刷発行
   1986(昭和61)年12月3日第3刷発行
入力:馬野哲一
校正:鈴木厚司
2000年11月9日公開
2007年2月11日修正
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