えた、矢来のごとき木間《このま》々々には切倒したと覚しき同じほどの材木が積重なって、横《よこた》わって、深森の中《うち》自《おのず》から径《こみち》を造るその上へ、一列になって、一ツ去れば、また一ツ、前なるが隠るれば、後なるが顕れて、ほとんど間断なく牛が歩いた。いずれも鼻頭《はなづら》におよそ三間|余《あまり》の長綱をつけて、姿形も森の中に定かならず、牛曳《うしひき》と見えるのが飛々に現れて、のッそり悠々として通っていたのであるが、今|件《くだん》の大鷲が、風を起して一翼に谷を越え、その峰ある処、件の森の中へあからさまに入ったと思うと、牛は宙に躍って跳狂《はねくる》うのが、一ツならず、二ツならず、咄嗟《とっさ》の間《かん》に眼《まなこ》を遮って七ツ数えると止《や》んだ。
「しっかりしねえ、もう可いぜ。」といって、少年は手を放した。
お雪は血の気を失った顔を、恐る恐る上げて仰いだが、少年を見ると斉《ひと》しく身《み》を顫《ふる》わした。
「あらまたお背中を、ちょいと大変でございますよ。」
「可いッてことよ、こればかしが何だ。」といったが、あわれ身を支えかねたか、またどっさりと岩に腰を掛ける。
お雪は失心の体《てい》で姿を繕うこともせず。両膝を折って少年の足許《あしもと》に跪《ひざまず》いて、
「この足手纏《あしてまとい》さえございませねば、貴方お一方はお助《たすか》り遊ばすのに訳はないのでございます。」
と、いう声も身も顫えたのである。
五十五
「私はどういたしましょう、花も取って頂きました上に、この山に入りましてから貴方ばかり酷《ひど》い目にお逢わせ申して、今までに、生命《いのち》をお取られ遊ばすかと思いましたことが幾たびあったでございましょう。体も疵《きず》に遊ばして庇《かば》って下さいますから、勿体ない、私は一ヶ所|擦剥《すりむ》きました処もございません。たとい前《さき》の世の約束事でも、これまでに御恩を受けますことはないのでございます。どうぞ私を打遣《うっちゃ》ってお逃げなすって下さいまし、お願《ねがい》でございます。貴方にこうして頂きますより殺されます方がどんなに心安いか分りません。失礼ながらお可哀そうで、片時もこんな恐《こわ》い処に貴方をお置き申したくはございませんから。」と、嗚咽《おえつ》していう声も絶断《たえだえ》。
少年はか
前へ
次へ
全100ページ中90ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング