、そのうつぎの花に翼を触れたと見ると、あッという人の叫声。途端に飜って舞上った時に、粉吹雪《こふぶき》のごとくむらむらと散って立つ花片《はなびら》の中から、すっくと顕《あらわ》れた一個の美少年があった。捲《まく》り手《で》の肱《ひじ》を曲げて手首から、垂々《たらたら》と血が流れる拳《こぶし》を握って、眦《まなじり》の切上った鋭い目にはッたと敵を睨《にら》んだが、打仰ぐ空次第に高く、鷲は早や光のない星のようになって消えた。
 少年は、熟《じっ》とその勁敵《けいてき》の逸し去ったのを見定めた様子であったが、そのまま滑《なめら》かな岩に背《せな》を支えて、仰向《あおむ》けに倒れて、力なげに手を垂れて、太《いた》く疲れているもののようである。
 やや有って、今少年が潜んでいた同じ花の下から密《そっ》と出たのはお雪であった。黒髪は乱れて頸《えり》に縺《もつ》れ頬に懸《かか》り、ふッくりした頬も肉《しし》落ちて、裾《すそ》も袂《たもと》もところどころ破れ裂けて、岩に縋《すが》り草を蹈《ふ》み、荊棘《いばら》の中を潜《くぐ》り潜った様子であるが、手を負うた少年の腕《かいな》に縋《すが》って、懐紙《ふところがみ》で疵《きず》を押えた、紅《くれない》はたちまちその幾枚かを通して染まったのである。
 お雪は見るも痛々しく、目も眩《く》れたる様《さま》して、おろおろ声で、
「痛みますか、痛みますか。」というのが判然《はっきり》聞える。
 眠れるか、少年はわずかにその頭《かしら》を掉《ふ》ったが、血は留《とま》らず、圧《おさ》えた懐紙は手にも耐《たま》らず染まったので、花の上に棄てた。一点紅、お雪は口を着けてその疵口《きずぐち》を吸ったのである。
 唇が触れた時、少年は清《すず》しい目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》って屹《きっ》と見たが、また閉じて身動きもせず、手は忘れたもののようにお雪がするままに任せていた。
 両人が姿を見ると、我にもあらず、理学士が肉《ししむら》は動いたのである。

       五十四

 しばらくするとお雪は帯の端を折返して、いつも締めている桃色の下〆《したじめ》を解いて、一尺ばかり曳出《ひきだ》すと、手を掛けた衣《きぬ》は音がして裂けたのである。
 その切《きれ》で疵《きず》を巻いて、放すと、少年はほとんど無意識のごとく手を曲げて胸に齎《も
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