》のこった、私《わっし》ゃ手を合わせました。どうしてお前《め》さんなんざ学者で先生だっていうけれど、からそんな時にゃあ腰を抜かすね。へい。何だって法律で馬にゃあ乗れませんや、どうでげす。」
「はい、お茶を一ツ。」
 大|気焔《きえん》の馬丁は見たばかりで手にも取らず、
「おう、そんなもなあ、まだるッこしい。今に私《わっし》ゃそこに湧《わ》いてるのに口をつけて干しちまうから打棄《うっちゃ》っておきねえ。はははは、ええ島野さん。おいらこれから石滝へ行《ゆ》くから、お前《めえ》あとから取りに来ねえ、夕立はちょいと借りるぜって、そのまま乗出したもんだからね、そこいら中騒いでた徒《てええ》に相済みませんを百万だら並べたんで。転んだ奴あ随分あったそうだけれど、大した怪我人もなし、持主が旦那様なんですから故障をいう奴もねえんで、そっちゃ安心をして追駈《おいか》けて来ましたが、何は若様はどちらへ行ったんで。」
「じゃあ、その何だろう、馬騒ぎで血逆上《ちのぼせ》がしたんだろう、本気じゃあないな。兵粮だって餡麺麭《あんパン》を捻込《ねじこ》んで、石滝の奥へ、今の前《さき》橋を渡ったんだ、ちょうど一足違い位なもんだ。」
「やッ、」というて目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》る義作と一所に吃驚《びっくり》したのは、茶店の女で、向うの鍵屋の当の敵《かたき》、お米《よね》といって美しいのが、この折しも店先からはたはたと堤防《つつみ》へ駆出したことである。故こそあれ腕車が二台。

       四十六

「もしもしちょいとどうぞ、どうぞちょいとお待ち遊ばして。」と路を遮ったので、威勢の可《い》い腕車《くるま》が二台ともばったり[#「ばったり」は底本では「ばつたり」]停《とま》る。米は顔を赤らめて手を膝に下げて、
「恐入ります、御免下さいまし。どちらの姫様《ひいさま》ですか存じませんが、どうぞあちらへいらっしゃいましたら、私《わたくし》どもへお休み遊ばして下さいまし、後生でございます。」
 先に腕車《くるま》に乗ったのは、新しい紺飛白《こんがすり》に繻子《しゅす》の帯を締めて、銀杏返《いちょうがえし》に結った婦人《おんな》。
「何だね、お前さん。」
「はい、鍵屋と申します御休憩所《おやすみどころ》でございますが、よそと張合っておりますので。
 今朝から向《むこう》にばかりお客がご
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